先生やって何がわるい!

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(11)連休明けの異変




「ほら裕介、これも食べな」
 煮物に、漬け物、から揚げ、サラダに炊き込みご飯。そして豚汁。今まで気がつかなかったけど、ここは極楽です。ああ、いつまでも食べていたい。
「美味しいかい?」
「うん、うまい」
 就職してから初めての連休。やっすい給料でギリギリの生活をしていかなくちゃいけない俺は、当然のごとく実家へ帰って来た。もちろん誰にもバレないようにものすごい気遣いをして。それにしてもやっぱり、ばーちゃんのメシは最高だよ。

「お前、食いすぎじゃね?」
 親父が広げてた新聞紙をバサリと畳へ置き、夢中でがっついてる俺に向かって言った。いい機会だから聞いてみよう。
「なんで、俺と梨子先生の二人にしたんだよ」
「はい?」
「年少組」
「何よ、突然」
 俺を見つめる親父の視線を避けて、箸で飴色に煮込んである大根を突き刺した。
「新人の、それも男でさ。梨子先生だって二年目なんだし、保護者から不満が出るとか思わなかったわけ?」
「出たの? 不満」
「……」
 いきなり園長に言うってのはフェアじゃない気がする。梨子先生にも、保護者にも。
「できると思ったからに決まってるだろう。主任も言ってる。梨子先生とお前なら大丈夫だって」
「……どこが大丈夫なんだよ」
 大きな溜息を吐くと、ばーちゃんが心配そうに俺を見ていた。親父は反対に俺の顔を睨みつけている。
「甘えるなよ、裕介。何事もな、やってやれないことなんてないんだ。死ぬ気でやれ!」
「んだよ、いきなりデカい声出して。そんなことわかってるよ」
「だったら文句言うな。……大事な命を預かってるんだからな」
「命?」
「そうだ。俺たちは、子どもの命が健康に育っていく手伝いをしてるだけなんだ。体だけじゃない、精神もだ。間違っても自分が教えてやるとか、導いてやるとか思ったりするんじゃないぞ」
「はあ? 俺は教師なんだから教えるのは当たり前だろ。意味わかんね」
「そのうちわかる。新人のひよっこが、思い上がるなってこった」
 それのどこが思い上がりなんだよ。俺は先生。子どもは生徒。教師って字、知らないんじゃねーの?


 あっという間に平和な連休も終わり、子どもたちとの生活が再び訪れた。今日から弁当も始まるってことで、朝から気合十分だ。花瓶の水を取り替え、窓を大きく開けて空気を入れ替える。最近やっと泣く子も減ってきたしな。よーしやるぞおお! と教室の中で屈伸を始めた時だった。

「うああーーん!!」
 なんだなんだなんだ!? 教室の外、遠くから泣き声が聞こえてきた。
「かえるのおお! おうち、おっおっおうち!! ママ、ママー!!」
 慌てて廊下へ出ると、なんとそこには園長に抱きかかえられた、しっかり者のようちゃんがいた。ともくんの宇宙語を通訳し、お漏らしの主、たいちくんのズボンを拭いてくれた、あのようちゃんだ。
「ようちゃん! どうしたの?」
「ゆっ、ゆうすけ、せんせ、ゆっゆっ、せんっせん」
 ようちゃんは目を真っ赤に腫らして、駆け寄った俺に両手を伸ばした。
「おうち、かえっる。かえっりたっい……!」
 園長の腕から奪い取ると、ようちゃんは必死に俺へ訴えてきた。横で園長がニヤニヤと笑っている。
「裕介先生。ゴールデンウィーク明けは、今まで泣いていなかった子でもこうなりますから、頑張って下さいね」
「え、何でですか?」
「長いお休みで気付いちゃうんだよねー。家の方がいいって、こ、と」
 人差し指を立てるな、キモイっつーの。
「ねー、ようちゃん。おうちの方がいいんだもんねー? 裕介先生よりママがいいよねー」
 園長はようちゃんの顔を覗きこんで言った。お前、余計なこと言うなよ! 周りに誰もいないのを確かめてから親父を睨みつけ、手でしっしっと追い払う。
「どーもありがとうございました。もう大丈夫ですから」
「頑張ってねー。新、人、く、ん」
 ……ウザすぎるんですけど。

 それにしても、いろんな子がいる。制服を着るのをいやがって、未だに私服で登園する子(紙袋へ制服を入れてる)。どうしてもお気に入りのぬいぐるみがないと登園できなくて、かばんの中にそれを忍ばせている子(時々取り出して眺めたり触ったりしている)。園では絶対にトイレに入りたがらない子(これは困るので先生同士で会議中だし、親とも相談中)。
 ずっと一人遊びをしている子(半分くらいはそうだったりする。お互い傍にいてもそれぞれのことをしている)。すぐに手が出る子(ちゃんと話せない子に多い)。登園してからしばらくは、階段の上にしゃがむ子(さーちゃんである)。

 まだ腕の中で泣いているようちゃんへ、明るく話しかける。
「ようちゃん、今日はお弁当なに持って来たのかな?」
「う、ういんな」
「ウィンナーか! 先生も持って来たよ」
「ほんとう?」
「うん。美味しいよね。ようちゃん、ウィンナー好き?」
 俺の問いかけに、ようちゃんはこくんと頷いた。
「じゃあいっぱい遊んで、お歌うたって、みんなで一緒にお弁当食べよう。それまで頑張れる?」
「うん」
 ようちゃんの涙を拭い部屋へ向かうと、廊下の角を曲がって歩いてきた梨子先生の姿が見えた。
 今、あんまし会いたくないんだよ。あれから何となく気まずいしさ、っていう俺の気持ちなんか関係ないとばかりに、梨子先生は満面の笑顔を俺に向けて、小走りにこっちへ来た。
「おはよう!」
 え!? 今さらおはようって、な、何だよ。さっき職員室で会ったじゃん。全然話せなかったけど。柄にもなく胸がずきっと痛んだ。あー何だコレ。嬉しいっちゃ、嬉しいけどさ。とりあえず何て言おうか。えーと……。
「おはよう、ようちゃん!」
「!」
 なんだよ、ようちゃんにかよ。俺とは全然目を合わせてくれない。まだ怒ってんのか、結構執念深いな。
 ようちゃんは俺にしがみついて、いやいやと首を振ってから、そばに来た梨子先生をじっと見た。
「ようちゃん、裕介先生が好きなんだねえ」
「……うん」
「お弁当楽しみだね。何持って来たのかな?」
「ういんな」
「お揃いだ! 梨子先生も持って来たんだよ、ウインナー」
「ゆーすけせんせーも」
「え?」
 顔を上げた梨子先生と間近で目が合った。
「あ……あの、美味しいですよね、ウィンナー」
 咄嗟に出た言葉とは言え、何言ってんだ俺は。梨子先生は俺を見つめてから、クスッと笑って言った。
「うん。おいしい」
 ……可愛いじゃんか。急に素直になっちゃって、何なんだよ君は、ほんとに。
「お弁当の時間がんばろうね! 裕介先生」
「はい……!」
 梨子先生が笑ってくれたことが、何だか嬉しい。頑張ろうって言ってくれた言葉が励みになってる。

 ようちゃんを抱っこしたまま教室へ入り、泣いた顔を洗ってあげようと水道の前へ行くと、そこにはニヤついた自分の顔が映っていた。





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