ぎんいろ 朋美編

4 みらい




 佐伯くんのことを、やすくんと呼ぶようになってから三年後、私たちは大学を卒業し、それぞれ社会人になった。忙しくとも出来る限り逢って、たくさん話して笑って、たまには喧嘩もして、でも一日も経たない内に仲直りして、その度に互いの思いを確かめ合った。
 そしてそれから一年後、彼は私と結婚し、約束を果たしてくれた。
 まだ早すぎるんじゃないかという周りの言葉なんて全く気にせず、差し出してくれた彼の気持ちの誠実さに、私は安心して飛び込んだ。



 大型スーパーの日曜日は家族連れが多い。子供服売り場の奥で、肌着やTシャツ、スカートを手に取り、その小さなサイズに二人で顔を見合わせ何度も微笑んだ。
「この前ね、似てるって言われたよ。近所の人に」
「誰に似てるって?」
 上の方にある、60pと表示が付いた真っ白いふわふわのケープを彼が手にした。可愛いなーと言っては、何度も私のお腹にあてている。
「私とやすくんが」
「俺と朋美が!?」
 結婚して三年。この街にも慣れた頃、二人の暮らしに変化が訪れた。それは待ち望んでいたことでもあるし、同時に少しの不安もあったけれど、授かった宝物に心から二人で喜び、その変化を歓迎した。
「ずっと一緒にいると似てくるのかな?」
「そんなもんかねえ」
「いや?」
「俺は嬉しいけど、朋美の方が嫌がってるんじゃないのー?」
「そんなことないよー」
 私が笑うと彼は必ず頭を撫でて、泣いてるみたいだ、と言った。そんなつもりはないのに、彼にはそう見えてしまうようで、何と返していいのか、いつも困ってしまう。
「俺たちが似てるんだったら、この子もおんなじ顔になるってことだよな」
「そうだね。楽しみ」
 彼が視線を置いた場所に右手をやる。予定は二か月後。
「なにそれ?」
 私がもう片方の手にしていたものを、彼が興味深げに覗き込んだ。
「育児日記。将来この子が大きくなった時に見せてあげたいの」
「ふーん」
「お母さんは、こんなにあなたを可愛がってたんだよって……知ってほしいから」
「そっか。俺も書こうかな」
「うん、一緒にやろうよ」
 お金にそれほど余裕があったわけではないけれど、過ぎていく日々とやってくる毎日の中で出会う、ささやかな幸せを噛みしめていた。


 ガラガラや花柄のスタイ、育児日記の入った買い物袋を片手に、もう片方の手で彼が私の手を取った。そうして手を繋ぐ度に、初めて一緒に出掛けた日のことを思い出す。
「ねえ、遠回りして帰ろ」
「大丈夫?」
「少しは運動しないと病院の先生に叱られちゃう。ゆっくり歩けば平気だから」
「寒くなってきたら言えよ」
「うん」
 いつもの帰り道を少し外れ、しばらく行くと大きな川沿いに出る。遠くまで見渡せる土手の上へあがり、どこまでも続く舗装された道を歩いていく。二人で暮らすようになってから、休みの日は散歩がてらにここへ訪れた。
 今日は気温が高く、風も吹いていない。少し寒くて少し暖かい、曖昧さが心地よい大好きな季節。
「女の子かー」
 大きく息を吸い込みながら、私の手を握り直した彼が言った。
「やすくん、女の子欲しがってたもんね。良かったね」
「そりゃ女の子だったらいいなーって思ってたけどさ、元気ならどっちでもいいよ。うん、どっちだって嬉しい」
「私も」
 土手を降り、大きな銀杏の樹の傍で歩みを止めた。
 小春日和の温かな日差しが銀杏の葉を金色に輝かせ、木漏れ日が私たちへ降り注いでいる。川の流れも光に反射して眩しい。そこにある全てが、優しく穏やかな空気に満ちていた。
「……まひる」
「ん?」
「まひる、ってどうかな。この子の名前」
「まひる?」
「明るくて、温かくて、こんなふうにいつも光に溢れてるの。よくない?」
 私と同じに目を細めて銀杏の樹を見上げた彼は、隣で静かに頷いた。
「うん、いいな。まひる」
 呟いたあと、私のお腹へ触れた。壊れ物を扱うように、愛おしさを持って、これ以上ないほどに優しく撫でている。
「まひるー、お父さんだぞー」
 ひらひらと落ちてきた黄色の葉が、かがんでお腹に話しかける彼の頭の上に乗った。笑いながら取ってあげると、一緒に笑った彼は、柔らかな毛布で体を覆うように、ふんわりと私たちを抱き締めた。
「早く会いたいよな」
「うん。早く会って、顔が見たい」

 まひる。私たちの、希望の光。






次話から「安弘編」です。

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