年上幼なじみの若奥様になりました

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3 初詣の願い事



 晃ちゃんが名古屋へ転勤してから、二年が経とうとしていた。私は大学の二年生。
「明けましておめでとうございます」
「今年もよろしくお願いいたします。さぁ、入って入って」
 晃ちゃんと彼のお父さんが、いつものようにお正月の挨拶にきた。お母さんと一緒に彼らを迎える。
「本当に毎年毎年、晃弘と一緒にお邪魔して申し訳ない」
「今さら何言ってんの! 皆でわいわいした方が楽しいんだから、いいのよ」
 スリッパを履いた晃ちゃんが、私の頭に手をやった。
「蒼恋、あけましておめでとう」
「おめでと」
 優しく微笑まれて、顔が熱くなる。
 晃ちゃんは昔から、周りにとても気を遣う人だ。私をフったからといって急によそよそしくなったり、ここへ来なくなるなんてことはないと思ってたけど。去年も今年も全くその通りすぎて、どんな顔をしたらいいのか、今でもよくわからないよ。
 こういうのが大人なんだろうな。私にはまだその辺をよく理解できない。でも悔しいから、私だって何でもないって顔してやるんだ。

 お父さんたちは酔っぱらって眠ってしまった。姉の旦那さんは子どもを連れて、近くの河川敷へ凧揚げへ。お母さんはキッチンで熱いお茶を淹れている。
 リビングには私と姉と晃ちゃんの三人が残っていた。
「蒼恋、彼氏できたか?」
 いくらいつもの調子でといったって、晃ちゃんがそんなこと聞くなんてひどくない?
「聞いてよ晃ちゃん、蒼恋彼氏できそうなんだってー」
 返事をしないでむっとした私の代わりに、姉が答える。
「ちょっ、お姉ちゃん!」
 焦った私は、コタツに足をぶつけてしまった。
「昨日言ってたじゃない。告白されてイイ雰囲気なんでしょ〜?」
「別に、そういう訳じゃないけど」
 帰ってきたばかりの姉に、しつこく聞かれてつい答えちゃったんだよね。……言わなきゃよかった。晃ちゃんの前でだけは、やめてほしいのに。
「……へえ、よかったじゃん」
 お母さんが差し出した湯呑を持った晃ちゃんが、私を見て言った。彼と目が合って、胸がどきんとする。
「蒼恋って結構モテるんだよ。なのに何が気に入らないんだか、ことごとく振っちゃうんだから」
「ぜっ、全然モテてないよ。何言ってんの、お姉ちゃん」
「それでいいんだ。蒼恋には、まだまだ男なんぞ早い!」
 がばっと起き上がったお父さんが、大きな声を出す。
「お、お父さん起きてたの? びっくりした」
「起きてちゃー悪いか。男と付き合うなんぞ、結婚するまでダメだ!」
「何訳の分かんないこと言ってんのよ。蒼恋だってもう二十歳なんだから、彼氏の一人や二人いて当然でしょ」
 お姉ちゃんに反論しようとしたお父さんは、結局またぱたりと横になった。
「蒼恋、明日初詣行くか?」
 彼の急な誘いに、また心臓が反応する。もういい加減落ち着いてほしいのに。
「あ、晃ちゃんと?」
「そう、俺と。二人で」
 二人で出かけるなんて、いつくらい振りだろう。ていうか、どういうつもりなの? と思いながらも、嬉しさには逆らえなくて胸が高鳴りっぱなし。
「行って来い、行って来い。晃ちゃんなら安心だ」
 再び起き上がったお父さんの言葉が、ちくりと胸に刺さる。
 安心、だよね。晃ちゃんが私に手を出すことなんて、有り得ないんだもん。


 翌日、晃ちゃんと電車に乗って明治神宮へ出かけた。
 たくさんの行き交う人を見ているとしみじみ思ってしまう。晃ちゃんほど素敵な人、他にいないよ。
 年末に髪を切っておいてよかった。黒髪に戻したの、気付いてくれたかな。新しいコートとメイク、おかしいと思われてない? なんてあれこれ悩んで、はたと気づく。
 とっくにフラれているのに、晃ちゃんといると条件反射みたいに、こんなことばっかり考えてる。
「何お願いした?」
 巨大なお賽銭箱の前を離れ、晃ちゃんが私に訊ねた。
「内緒。晃ちゃんは?」
「蒼恋が教えてくれないなら、俺も内緒」
「真似っこしないでよー」
「いいだろー」
 名古屋で彼女、できたのかな。
 さりげなく晃ちゃんの手を見て、ペアリングっぽいものが何もないのを確認する。つけてないからって、確定というわけじゃいのに、ホッとした。昨日のお父さんの言葉で傷ついたことといい、諦めの悪い自分に苦笑する。
 参道の周りはどこも大きな樹がたくさん植えられ、都会とは思えないほど自然が豊かだ。鳥の鳴き声や、静かな風にざわめく葉の音が耳に心地いい。
「この参道すごく広いのに、まだ人でいっぱいだね」
「三日の昼で、これだもんな。大晦日と元旦はこの倍以上だったろうな」
「あ」
 砂利の上を歩く私たちの前方、男女二人がこちらへ歩いてくる。一人は、よく知っている人。
「どうした?」
「……昨日、お姉ちゃんが言ってた人。目、合っちゃった」
 慌てて顔を伏せる。
 おかしいな。私、あの人に告白されたんだよね? どうして女の子と仲良さそうに腕組んで歩いてるんだろ。
「あの二人連れ?」
「……うん」
「蒼恋に告白したんだろ? 何で女連れなんだよ」
「お姉さんとか妹かもしれないし」
「明らかに違うっぽいけど。向こうも道を避けられないみたいだ。きたぞ」
 思いきって顔を上げてみる。
「こ、こんにちは」
「こんにち、は」
 明らかに焦った顔で挨拶をしてくるから、釣られて同じように返事をした。どうしていいかわからなくて歩き出そうとした、そのとき。
「俺は蒼恋の保護者です。そちらは?」
 晃ちゃんの静かな声が届く。
「ねえカズくん、誰なの?」
「大学の、友達」
 晃ちゃんの問いに答えようとしない二人の会話を聞いて、噴き出しそうになった。確かに私たちはまだ友達だよね。あんなに付き合おうって熱心に誘ってきたのは何だったの?
「彼女さん?」
 再度晃ちゃんが問いかけると、女の子のほうがはっきりと答えた。
「はい、そうです。って恥ずかしいね、カズくん」
 ぎゅっと「カズくん」の腕にしがみついた彼女を見て、脱力する。不思議と傷ついてはいなかった。けれど。
「もう二度と蒼恋には近づかないように。いいな?」
 低い声で吐き捨てるように彼へ言った晃ちゃんは、私の腕を掴んで歩き出した。
「ああいうのはやめとけ。ふらふらしてる男は駄目だ」
 彼の怒った横顔を見上げる。私の視線に気付いた晃ちゃんは、はっとしたように表情を和らげた。
「あ、勝手にごめん。ていうか大丈夫か? 傷ついたよな」
 別のことで傷ついている私に、晃ちゃんは気付かない。
「付き合う前にわかってよかったって、思っておけばいいよ」
「……うん」
「もっといい奴がいるって。な?」
 どうして私のために怒ったりするの?
「う……」
「蒼恋……そんなに好きだったのか?」
 何にも、本当に何にもわかっちゃいない。そう思ったら悔しくて涙が溢れた。
「ち、違、う。晃ちゃんの、ばか」
 げんこつを作って彼のコートに叩きつける。
「ばかばか、ばか……! もう、帰る」
「ちょっ、蒼恋、いてっ」
 晃ちゃんはずるい。ずるいんだよ……
 涙を手で拭って、彼から逃げるように人混みを早足に進もうとした。でもそんな私の行動は虚しく、ほんの数歩で晃ちゃんの手に私の手を握られて、阻まれた。
「送る」
「自分で帰れる」
「俺が誘ったんから送らせてくれ。頼む」
「……保護者だから?」
「さっきのは……咄嗟に出たんだよ。俺みたいなオッサンと歩いてたら不審がられるだろ」
「晃ちゃんはオッサンじゃないもん」
「お前ら二十歳から見れば、三十路は立派なオッサンだよ」
 大きくて温かな手が、私の心を溶かしてしまう。本当はもっと怒っていたいのに。
「ちょっと買い物に付き合ってほしいんだ。いいかな」
「……どこに?」
「蒼恋の好きなところ」
「何で?」
「蒼恋のご機嫌取り。このあと買い物行くのってどう?」
「ご機嫌取りなんて、嘘」
「嘘じゃないよ。だって俺、蒼恋にだけは嫌われたくないから」
 ほら、ずるい。
「成人のお祝いに何でも買ってやるよ」
「……」
「洋服か? バッグか? 財布か? それともフレンチかなんか食いに行くか? もう三日だし、どこもやってるだろ」
「何でも、いいの?」
「家とかクルーザーとかは無理だけどな」
 笑った晃ちゃんが、かがんで私の顔を覗き込む。そんな顔されたら、機嫌直すしかないじゃない。
「じゃあ……アクセサリーがいいな」
「よし決まり。行こう」
 晃ちゃんは嬉しそうに私の手を握り直した。

 明治神宮から表参道へ歩く。ここも人が多い。通りに面したひと際美しいお店に、晃ちゃんに連れられて入る。店内はシンプルだけれど、どこもかしこも輝いていて夢のようだった。こちらを見て挨拶する店員さんも皆美しすぎる。
「何がいい?」
「えー……と」
 指輪、はダメだよね。ショーケースを見ていると、ネックレスに目が留まった。一粒のパールと小さなリボンモチーフのプチダイヤがペンダントトップになっている。
「これ、すごく可愛い」
「つけてみれば?」
「うん。あ、でも」
「いいから。遠慮するな」
 値段を見て躊躇う私の耳元に、晃ちゃんが囁いた。
 自分でも信じられないくらいに耳が熱くなって焦る。晃ちゃんにはきっとこんなこと、何でもないのに。一人で意識してるみたいで、恥ずかしい。
「うん、似合う。可愛い可愛い」
 晃ちゃんは満足そうに頷いた。鏡の中の私の胸元でネックレスが輝いている。
「お揃いのピアスもございますよ」
「いいね。じゃあそっちも見せてください」
 結局ピアスまで買ってもらって、お店を出た。

 表参道の街路樹の向こうに、綺麗な青空が見える。夜はイルミネーションが綺麗なんだろうな。
「晃ちゃん今さらだけど、本当にもらっちゃっていいの?」
「いいよ。大人になった記念だもんな」
「ありがとう。……大切にするね」
「ああ」
「ずっとつけてる。一生大切にする」
「大げさだな。嬉しいけど、彼氏ができるまでにしとけよ?」
「……」
 私、晃ちゃんのその言葉に返事はしなかった。
「ぬいぐるみも大切にしてるよ」
「ぬいぐるみってもしかして……遊園地の?」
「うん」
「まだ持ってたのか」
「……大事だもん」
 晃ちゃんを諦めようとすること自体が無駄なんじゃないかと思えてくる。だってこうして会っちゃうんだもん。会ったら、昔と何一つ変わらず優しくされちゃうんだから。もしかしたらいつか、なんて思わされてしまうから。期待持つなって言うほうが無理だよ。

 晃ちゃんに言えなかった私の願い事。
 現実的なお願いは、いつまでもこうして晃ちゃんと一緒にお正月を過ごせますように。
 小さい頃から何度も願っていたのは……いつか晃ちゃんのお嫁さんになれますように。叶いっこない願いを神様の前で頭の隅に浮かべてた、馬鹿な私。



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