犬祭4参加作品

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おじいちゃんのヒミツ




 おじいちゃんが入院した。
 退院するまで、ゴローの朝の散歩は私の係。

「……はあ」
 しっぽを振りまくってるゴローの顔を見つめて、ため息を一つ吐く。
 なんとなくぼやけた顔してる、雑種のゴロー。別に嫌いってわけでも、かわいくないわけでもない。

 でも私はトイプードルが良かった。小さな可愛い洋服着せてさ、自転車のカゴに乗っけたり、バッグから顔覗かせたりして、みんなにかわいー! とか言われてさ。そういうの夢見てたんだけど。
 ゴローじゃデカすぎて自転車のカゴには入らないし、お世辞にも可愛らしいって感じじゃない。
「りん! ゴローの散歩行ってよー? 暑くなってくると、肉球かわいそうだからねー」
 お母さんがキッチンから、玄関にいる私に向かって叫んだ。
「わかってる!」
 下駄箱の上の時計を見ると、朝の5時40分。……早い。早すぎる。今日は部活もないから、ゆっくり寝ていたかったな。

 おばあちゃんが亡くなって一年半。一人で暮らすおじいちゃんと同居が決まって、大きな家に引っ越したから犬を飼おうって、お父さんが言った。
 どんな犬にしようか、なんて皆でわくわく考えてたら、突然おじいちゃんが知り合いからもらってきた犬。それがゴロー。どんな事情でもらってきたのかもよく知らない。一ヶ月経った今も、何も話してはくれない。

 子犬じゃないし、小型犬でもないし、何よりおじいちゃんが勝手に決めちゃったことに、すごく腹が立った。ひとことでも言ってくれれば良かったのに。

 おじいちゃんて、いつもムッとしてて何考えてるのか全然わからないし、正直言ってあんまり話しもしたくない。何を楽しみに生きてるんだろう。ゴローの散歩とお世話、くらいしか思いつかないや。入院だって手術すればすぐ良くなるって言うし、面会も今のところは行く予定なし。来なくていいって、怖い顔して言うんだもん。

 玄関から出ると、朝早くから蝉がミンミン鳴いていた。まだ涼しいけど、日差しがこれから強くなりそうな気配。
 ゴローと一緒に歩き出す。この時間に散歩をしてる人って結構いるんだ。家の傍にある土手沿いに向かう道で、後ろから声をかけられた。

「ゴローかな?」
 振り向くと、うちのおじいちゃんくらいの男の人が、柴犬を連れてゴローをにこにこ見つめている。
「おはようございます。土浦《つちうら》さんちのゴローでしょ?」
「あ、おはようございます。そうです、ゴローです」
「入院したんだって? 土浦さん」
「……はい」
 なんで知ってるんだろ。そんなに仲いいのかな。急な入院じゃなかったから、前に話してたのかな。
「メールが来たんだよ。土浦さんから」
「へ?」
 メール!? メールするの? おじいちゃんが? お父さんからケータイを持たされてるのは知ってたけど、いじってるのなんか見たこと無い。
「元気になったら、またライブ行きましょうって言っておいて」
「ライブ、ですか?」
「あれ、知らない?」
 説明を聞くと、それは私達の世代でも結構有名なバンドのことで、そのライブへ二人で行ったという話だった。かなり歳はいっちゃってるけど、すごい人達なんだっていうのは知ってる。けど、あのおじいちゃんがライブ!? しかもノリノリだった!?
「あの、人違いじゃないですよね?」
「何言ってるの。土浦さんちのゴローでしょ? この子」
 ゴローを撫でて、こんないい子はなかなかいないもんな、なんて話しかけてる。
「ま、さすがに途中からは座ってたけど。でも楽しそうだったよ」
「……」
 途中までスタンディングで見てたわけ? 軽い眩暈を覚えながら挨拶をし、ゴローに引っ張られて先を急ぐ。

「あら、ゴロー?」
 土手沿いをしばらく歩いて行くと、今度はとても上品な感じの女の人に声をかけられた。おじいちゃんよりも年下かな? チワワを二匹連れてる。
「おはようございます」
「おはようございます。土浦さん、やっぱり入院なさってるのね」
「はい」
 やっぱりってことは、この人とも結構話すのかな。
「お孫さん? 可愛いわね」
 クスッと笑った女の人は、肩から斜めに掛けたバッグの中から、小さなメモを取り出した。
「あのね……病院には来るなって言われてるから、伝えて下さると嬉しいんですけど」
「はい」
「また先日の場所でお茶しましょうねって。あと、これ私の携帯電話のアドレス」
「……アドレス?」
 受け取ったメモを持ったまま、ポカンと馬鹿みたいに口を開けてしまった。ま、まさかのコイバナ!? 嘘でしょ? おばあちゃんが亡くなってから、ますます無口になって、女の人と口なんか利かないって思ってたのに……。
「そうアドレス。土浦さんとメールでお話したいのよ。じゃ、ごめんください。ゴローまたね」
 ゴローがワンと返事をした。
「いい子ね」
 女の人はゴローを優しく見つめて、そのままチワワと一緒に行ってしまった。

「ねえ、ゴロー。二人の話って、ほんとなの?」
 ゴローは首を傾げて、私の顔をじっと見つめて話を聞いている。
「あのおじいちゃんが……有り得ない、有り得ないんだけどお!」
 ぎゅーっと抱き締めると、ゴローにぺろりとほっぺを舐められた。
 そう言えば、ゴローは二人に褒められてた。確かに無闇に吠えたりしないし、他のワンちゃんに飛び掛ったりもしない。穏やかだし、普段一緒にいない私の言うこともよく聞くし。
「あんた、いい子なのね」
 トイプードルが良かった、なんて思ってごめん。
「なんか、ごめん。ゴロー」
 ゴローは私の顔をベロベロと舐めた。別にそんなこと気にしてないよって、言ってくれてるみたいに。
「わかったって。くすぐったいよ、ちょ、ちょっと」

「……ゴロー?」
 まただ。顔を上げると、今度は男の子が立っていた。この人私より年上かな。高校生くらい? どうしよう、ちょっとカッコイイかも。横を見ると大きな犬を連れてる。この子も雑種みたい。
「もしかして、土浦さんちの?」
「あ、はい。孫、です」
「なんたっけ。土浦さん言ってたな」
「え?」
「……り、とかなんとか」
 私の名前のこと?
「りんです。鈴って書いて、りん」
「あーそうそう。今日土浦さんは?」
「おじいちゃんは入院してます」
「え!? 入院?」
「……はい」
「ちょっとそこ、座ろ」

 土手の下の小さな公園で、木陰にあるベンチへ二人で座った。お互い自分の犬へ水分補給をさせる。なんとなく、緊張するなあ。
「いつくらいまで? 入院」
「多分、一週間くらい。明後日、手術だから」
「……」
 男の子は俯いてため息を吐いた。靴、大きいな。何センチくらいなんだろ。
「あの、でも命にかかわるとかじゃないんです。手術すればすぐに良くなるらしくて」
「あ、そう。じゃあ良かった」
「……おじいちゃん、私のこと何か言ってたんですか?」
「ああ、うん。いつもほとんどその話題だったけど」
「え!」
 男の子は驚く私を見て、不思議そうな顔をした。
「俺と話してること、家で言わないわけ? 一緒に住んでんでしょ?」
「……住んでます、けど」
「けど?」
「あんまり、おじいちゃんと話とかしないんです。なんか私、嫌われてる気がするし……私もおじいちゃん苦手」
「へえ。土浦さんは全然そんなこと無さそうだったけど」
「……」
「いつもあんたの自慢してたよ。あんなに可愛い子はいないってさ」
「う、嘘」
「テレビに出るようになったらどうしよう、とか言ってたな。ま、全然心配することないんじゃない? って土浦さんに言っておいてよ」
「!」
 ちょ、ちょっとそれ何気に失礼だよね? 私の顔を見て楽しそうに笑った男の子は、ベンチから立ち上がってすぐ傍にある自販機の前で小銭を出した。

「何が好き?」
「私、自分で買います」
「たまに土浦さんに奢ってもらうんだ。だからお返し。何がいい?」
「じゃあ……アイスココア」
「うえ、朝から飲めんの? そんなの」
「変ですか?」
「へーん。俺、絶対ムリ」
 笑いながらアイスココアのボタンを押してくれた彼は、私に冷たい缶を差し出した。
「じゃあ、また明日。俺これから部活の朝練だから」
「え……」
「明日も来んじゃないの? ゴロー連れて」
「来ます! 明日も」
 私の返事に頷いた男の子は、自分の犬と一緒に駆け出した。
「じゃーねー」
「ごちそうさまでした!」

 ゴローと一緒に土手を出た後、住宅街の坂道を上って今度は下りていく。靴音がバタバタいってどんどん加速して、歩道の緑がすごい速さで後ろへ流れていく。ゴローも楽しそう。私もいつの間にか笑顔になってる。手にしていたアイスココアの缶をほっぺに付けると、冷たくて気持ちがいい……!

 今日病院へ行ってみよう。
 それで、おじいちゃんとおしゃべりするの。おじいちゃんの好きな音楽のこと。それから、素敵な人にケータイのアドレス渡されたよって、そのままコイバナだってしちゃうし。
 どうしてゴローを家に連れて来たの? それも話してくれるよね? うん、きっと大丈夫。だって、私を可愛いって言ったおじいちゃんの秘密、知ってるんだから。

 それでね、最後に教えてもらうんだ。あの男の子の……名前。


















  犬祭4 金の骨受賞作品 (2010/9/22)




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