泥濘 春田視点 拍手お礼SS

匂い




 三島くんの匂いがする。

 本当はもう三島くんのか、私のものかわからないくらい混じってしまったけど、やっぱりこれは彼の香り。
 ぼんやりした頭で目を瞑ったまま、お布団の中にいることを思い出した。いつの間にか眠っていたせいで、だるかった身体が少しだけ軽く感じる。

 枕の傍に置いてある筈の柔らかいマフラーへ手を伸ばす。ちょっと掴んで引っ張った。いつも三島くんの制服を引っ張る時みたいに。
 その時突然、頬に冷たい感触が伝わり、あまりに驚いて変な声を出してしまった。

「ひ、あっ!!」
「あ、起きた、起きた」

 目を開けると、そこにはさっきの匂いに似た大好きな人がすぐ傍で座っている。手にはアイスクリームのカップを持っていた。

「み、三島くん!? な、なんで?」
「お見舞い」
「え」
「熱出たんだろ? 何度?」
「え、と……今はわかんない。さっきは8度5分くらいだったけど」
「へえ、まともに出たんだ。ベタすぎて言うのも何だけど……馬鹿は何とかってアレ、絶対に嘘だよな」
「……病人にひどい」
「意外に綺麗にしてんじゃん」

 制服姿の三島くんは、相変わらず私の言葉を無視して部屋を見回した。
「……あんまり見ないで」
「さっきいろいろ見た。あの中とか」
 彼がクローゼットを指差す。
「う、嘘!」
「嘘に決まってんだろ。ほらこれ。お前のじーちゃんに渡された」
 三島くんが新しい冷却剤を右手に持ち、左手で私のおでこに手を伸ばしてくる。にやっと笑った彼に嫌な予感がして、顔を逸らした。
「逃げんなよ」
 頬を押さえつけられ、容赦なく私の額へそれを貼った。あまりにも冷たすぎる刺激に震え上がる私を見て、彼は喜んでいる。

「アイス好き?」
「うん! それ、ちょっと高いのだよね」
 彼が蓋を開けて専用のプラスチックスプーンでアイスを掬った。もしかしたら食べさせてくれるのかもしれない。そう思った途端、急に心臓がドキドキと鳴り始める。
 運ばれてきたスプーンに期待をしてそっと唇を開けると、何故かそれは元来た道を辿って彼の口の中へ入っていった。
「え……」
「結構うまいじゃん、これ」
「く、くれるんじゃないの?」
「ん?」
「三島くん、甘いの嫌いなんでしょ?」
「高いアイスは食える」
 私の顔なんて見もせずに、パクパク口にアイスを入れてる。

「あ……」
「何だよ」
「なくなっちゃうよ」
 相変わらず知らん顔して、三島くんはスプーンを舐めた。
「ね、ちょっと、欲しい」
「……お願いって言わないとダメ」
「え」
「早く」
 何となく恥ずかしいけど、アイスの誘惑には勝てない。
「三島くん……あの、お願い」
 私の声に、ようやく三島くんは満足したように笑って、アイスを食べさせてくれた。


 新しい冷却剤と、口にしたアイスですっかり冷えてしまった私は、布団を引っ張り上げて顔を半分隠した。寒いし、また身体が痛い。
「寒い?」
「うん。ちょっと」
 震える私を三島くんが覗き込む。
「寒いからマフラー置いてんの?」
「え、ううん。……違うよ」
 ちょっと恥ずかしくて小さな声で言うと、彼が何かを悟ったように口元に笑みを浮かべた。
「そんなに俺のこと好き?」
「!」
「違うか。マフラーが好きなんだよな? それ気に入ってたもんな、お前」
 また三島くんの意地悪が始まった。本当は、怒っても無視してもいい筈なのに、何故かそれを嬉しく感じてしまう。ちょっと変なのかな私。

「マフラーじゃなくて、」
「……」
 無言で私を見つめる三島くんの瞳が、アイスの時みたいに、早く言えって命令してる。
「……三島くんが好き、なの」
 心臓が踊り出しそうに大きく鳴っている。彼の目の前でこんなこと言うの、本当はすごく恥ずかしい。
「ふうん。布団に引っ張り込むほど?」
「そ、そういうんじゃなくて、安心するから」
「マフラーより本人のが良くない?」
「え?」
 突然三島くんは掛け布団を上げて、私の隣へ入り込んだ。ベッドが軋み急に狭くなった空間で、咄嗟に身を縮める。
「ちょ、ちょっと」
「病人にはなんもしない」
「……」
「寒いんだろ? ほら」
 彼の腕にくるまれて、じんわりと身体中が暖かくなっていった。三島くんは身長も普通で割と細身だけど、私が小さいせいか全部彼の腕の中にすっぽりと収まってしまう。
「ズボン、シワになっちゃわない?」
「いいよ、別に。ていうか、お前がいやだよな、制服で布団に入るの」
「ううん、全然気にしないよ」
 目の前の柔らかいニットの白いベストに顔を埋めると、彼の心臓の音が聴こえた。その音と私の髪に触る彼の指が優しくて、いつまでもそうしていたいって言ってしまいそうになる。

「この辺とか痛いんじゃない?」
 三島くんが私の背中を手で触った。彼の言う通り、熱のせいで骨の周りが痛い。
「うん。あちこち痛いの」
 私の言葉に頷いて、彼はそのままずっと優しく指で押したり、さすってくれた。
「……ありがと」
 あったかくて気持ちよくて、いつの間にかうとうとしてしまった私が次に目を覚ますと、もう三島くんはそこにいなかった。

「あ……」
 夢? そう思って軽くなった身体を起こし、ベッドの横にあるチェストを見ると、空になったアイスクリームのカップとメモが置いてある。

『冷凍庫に新しいアイス入ってるから、あとで食べな』

 もう一度お布団に入って、彼の匂いを探した。
 たくさん意地悪言われても、たまに苦しくて痛くなるくらい気持ちをぶつけてられても、その後私に触れる指は優しくて、私を包んでくれる身体が温かいのも知っている。

 だからいつか私、もっと意地悪して欲しいなんて……思ってしまうかもしれない。

 そんなこと今は絶対、秘密だけど。











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