片恋×泥濘コラボSS2 涼視点

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夏の終わりに(後編)




 三島は俺の顔を見て、ひとつ溜息を吐いた。
 何だよ、何急に大人しくなってんだよ。お前らしくないじゃんかよ。いや、お前のことよく知らないけど。

「じゃあ、お昼ご飯まで一緒でもいい?」
 栞が言った。まあ、それなら俺も別にいいや。とりあえずそういうことになり、併設されている水族館を回ることにした。フードコートも中にあるから、そこから別行動ってことだな。

 それにしても、何なんだよ、これは。
 俺と三島の前を、栞と三島の彼女、春田さんとか言ってたっけ……が一緒に見て回っている。何で俺がこいつと魚見て喜ばなきゃいけないんだよ。当然、隣を歩く三島も同じ事を考えているのか、ほとんど無言でつまらなそうにしている。と思ったその時だった。
「魚見て、何が楽しいんだろうって思ってたけど」
「え?」
「よく見ると結構、面白い顔してる」
 ガラス越しに泳ぐ魚を見て三島が笑っていた。何お前、普通に楽しんでたの? 俺全然楽しくなかったんだけど……意外といい奴だな。
「あ!」
「な、何?」
「俺、あれ触りたい」
「?」
 三島が指差した方を見ると、大きな水槽が床に置いてある。既にその脇でしゃがんでいた栞は、中へ手を突っ込んでいた。側へ寄ると、そこにはヒトデ、亀、たこなんかがいて、自由に触れるようになっている。
 う……俺ちょっと苦手なんだよな、こういうの。どうやら三島の彼女も同じらしく、水槽の横に立ち、喜ぶ二人の様子を俺と一緒に上から眺めていた。

「こういうの駄目?」
「うん。ちょっとだけ」
「俺も」
 二人で笑っていると、ヒトデを掴んで顔を上げた三島が、春田さんを見てニヤリと笑った。
「へえ、苦手なんだ? 全然知らなかった」
 途端に彼女の肩がビクリと揺れて、慌てて両手を後ろへ回した。何だ? 急に様子が……。
「手出せよ」
「や」
「……出せって言ってんだけど」
 三島の声に彼女は首を横に振って、肩を竦めている。
「いやなら、何て言うんだっけ?」
「あ、あとでちゃんと言うから。ここじゃ、いや」
 何だ、何だ? 春田さんは顔を赤くして俯いた。三島はそんな春田さんを見て満足そうに笑みを浮かべ、今度は亀を触っている。
 横にいる栞は二人のやりとりは全然気にならないようで、ヒトデを人差し指で撫でながら楽しそうに解説を読んでいた。そう言えば俺があげた金魚もよく可愛がってたし、結構生き物好きなんだな。
「気に入ったの?」
「うん、可愛い。持って帰りたいくらい」
 俺の問いに無邪気に笑う栞に、思わず抱きつきたくなってしまった。だーっ! もう一刻も早く二人になりたい! 

 手を洗ってくると言って、三島と栞は近くにあるトイレへ向かい、俺と春田さんがその場に残された。黙ってるのもなんだし、ちょっとだけ聞いてみるか。俺の隣で、あちこちキョロキョロ見回している彼女に問いかけた。
「あのさ」
「はい?」
「三島って、怖くない?」
 春田さんは、不思議そうな表情で俺を見上げた。身長差が俺と栞の時よりもあって、少し話しづらい。
「いや、結構きつい話し方するなーって」
「あ、うん。でもね、すごく優しいんですよ」
「どのへんが!?」
 思わず力を込めて聞いてしまった。だってさ、どこをどう見ても優しくはない。むしろ今の俺の方が、彼女に対して優しく接している。顎に手を当てた彼女は、考えながらゆっくり話し始めた。

「お弁当作ったら食べてくれるし」
 それは当たり前だ。彼女が作った弁当なんだから。
「あと、三島くんて甘いもの大っっっ嫌いなんですけど、私が作ったチョコだけは食べてくれたし」
 ……食べものばっかしだな。そう言えば花火大会でチョコバナナも食べてたっけ。
「ジュースも買ってきてくれるし」
 まあ、普通だろ。
「すごくヤキモチ焼きだし。多分」
「え!」
 マジかよ。あんな奴がヤキモチとか、すげー怖いんだけど。一体何されるんだ。
「どんな風にヤキモチやくの?」
「えっと、命令されます」
 それだ! やっぱり命令か!
「……何を?」
「その時によって違います。でも言う事きかないと、お願いって言うまで許してくれないんです」
「そ、そういうのって嫌じゃないの?」
「えっと……はい」
 彼女は本当はそういう方がいいんだって、花火大会の時にあいつが言ってたのを突然思い出した。あの時の言葉が衝撃的で、その場で頭がいっぱいになったんだっけ。
「でもあとですごく優しくしてくれるから、嫌じゃないし、私もお返ししてあげるんです」
「お返しって?」
「それは……言えません」
「!!」
 うおおおおおっ! 何なの、この二人! この前から俺をどうしようってんだよ、本当に!
「……」
 あーあ、俺よりも真っ赤になっちゃって。本当に三島のことが好きなんだな。栞よりも背が小さくて顔も幼いし、妹みたいで可愛いや。

「そっか。じゃあ仲いいんだね、本当に」
「二人もすごく仲良しですよね」
「ま、まあね。そっちに負けないくらい」
 俺が返事をすると春田さんが笑った。俺もつられて一緒になって笑った。こんな風に他の子に自分たちの事を自慢できるって、中々ないもんな。何となく嬉しい。
「私、そこの自販機でジュース買ってきます。皆飲むよね?」
「俺も行くよ」
「あ!」
 踏み出した春田さんがつまずいた。咄嗟に両手を差し出して、小さな身体を支える。
「ご、ごめんなさい」
「大丈夫?」
「大丈夫。でも、三島くんがいなくて良かった」
 なんとなく、まだ春田さんの腕を掴んだまま、かがんでその顔を覗きこんだ。
「何で?」
「何やってんだよ、って叱られて不機嫌になりそうだから」
「転んだくらいで不機嫌になんかならないよ。心配はするだろうけど」
「ううん。そうじゃなくて、えっと……結局見られちゃったみたい」
 ん? 何か視線が……。振り向くと、栞の隣に立ち、ものすごい顔で俺を睨んでいる三島がいた。怖い怖い怖いいいい! 俺、絶対殺される! 何なんだよ、ちょっと話して笑ってただけだろうが。あ、触ってんのが駄目だったか。
「でも、これで良かったのかも」
「?」
 彼女は小さな声で囁いて、クスッと意味深に笑い、俺からそっと離れた。
 結局そこで、じゃあまたって言って二人とはあっさり別れた。妙に上機嫌な春田さんと、不機嫌な顔の三島が対照的で面白い。


「俺たちも行こうか」
 声を掛けても、栞はなぜか自販機の前から動こうとしない。どうしたんだろう。喉渇いてるのか?
「何か飲む?」
「あんまり……」
 肩にバッグを掛けている栞は、短めのワンピースから出ている綺麗な足を小さくすり合わせて、珍しくもじもじとしていた。
「どうしたの?」
「さっきのは仕方が無いけど、でもあんまりずっとは……くっつかないで欲しいな」
「え?」
「他の、女の子と」
 目を泳がせて恥ずかしそうに俯く栞が可愛い。いつもは大人だけど、こうしてたまに見せてくれる素直な彼女の言葉が嬉しかった。
「わかった、気をつける。ごめん」
 俺の言葉に栞が小さく頷いた。
「じゃあ今日はもう、栞とずーっとくっついてる」
「え、うん」
「ずっとだよ? いいの?」
「……うん」
 赤くなっている栞の肩を抱いた。優しい香りが近付いて、薄着の彼女の体温がじかに伝わる。照れ隠しに俯いて、空いていた方の手で自分の額を触ると、栞が囁いた。
「涼、好き」
「え……」
 突然の言葉に動揺して振り向くと、じっと俺を見つめている栞と目が合った。途端に栞との夏の思い出が胸に溢れて、こんな場所なのに彼女の肩を抱く手に力をこめて、思い切り自分の胸へ抱き寄せ耳元へ近付いた。
「俺も、好き」
 気がつけば当たり前の様に、そんなことを口にしていた。

 春田さんの気持ちが、今何となくわかった気がする。たまにはこうしてヤキモチ焼いてもらうのも、それはそれでいいか。まあ、あっちの方が完全に怖そうだけどな。一体どんな目に遭うんだ……。いや、想像するのはやめておこう。


 腕の中にいる栞に笑いかけると、彼女も微笑んで俺の腰に手を回してきた。
 いい加減に慣れなきゃいけないかもしれないけど、こんな時はやっぱり胸が苦しくなって、こうしていつまでもこの笑顔を独り占めしていたいって思うんだ。

 しばらくお互いの顔を見詰めて思いを確かめ合ってから、これから始まる二人の時間を楽しむために、その場を離れて寄り添いながらゆっくりと歩き出した。
















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ナノハ



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