5つのお題 Secret Garden

(4) わたしたちの密恋




 振り返ると、彼は座ったまま私の手を取り、俯いた。

「莉果が、いつか俺から離れていくのはわかってたことだから、いいんだよ」
「……」
「ただ、理由に納得いかないけど」
 あっちゃんは顔を上げ、何かを含んだような笑い方をして、手を強く握ってきた。
「莉果、嘘吐いてる」
 私を見上げる彼の視線に動けなくなった。大きくなる鼓動で息が苦しい。
「一緒にいられないなんて、誰が決めたんだよ。そんなこと」
「だってあっちゃんは、」
「俺は莉果と一緒にいられればいい。それだけじゃ、駄目?」
「……変な目で見られるよ?」
「いいよ、そんなの気にした事ない。……莉果は?」
「私は、あっちゃんのほんとが知りたい」
 彼は私の手を引っ張り、今度は自分の膝の上に私を座らせた。花の香りと彼の匂いが混ざる。

「何を知りたいって?」
「テツと私、どっちが好き?」
「……テツって、俺んちの犬のことかい」
 彼が呆れたように言った。
「じゃあ、ピッピとどっちが好き?」
「今度はインコかよ」
 彼の溜息を遮るように、自分でも驚くくらい大きな声が出た。
「だって同じでしょ? あっちゃんが私に触るのは」
「……」
「テツとピッピと同じ。だから私と一緒にいたいんでしょ?」
 泣かないって決めてたのに、涙声になってしまった。
 散歩の前に抱っこされてるテツと同じ。あっちゃんの肩や頭に止まるピッピと同じ。わかりきってることなのに、そうだよなんて言葉、聞きたくない。

 サキに質問された時のように彼は何も言わない。沈黙が、その答えを出したと思った時だった。
 気付けば今までで一番近くに彼の顔があった。ほんの少しだけ唇に残る感触。
「こんなことテツにしない」
 彼の呟きに、いつも聞き分けのいい筈の私の口から、収まりのつかない言葉が出た。
「してるじゃんいつも。ピッピにだって……」

 最後に見たのは、一瞬歪んだ彼の眉。怒ったの? って思ったくらい、
息もできない強さだったから、そのまま飲み込まれてしまう。強い香りに身体の奥が熱くなって、本当に眩暈が起きた。
 夢の続きを掴まえたくて瞼を上げると、彼の両手がぐったりとした私の顔を包んでいた。

「……これは絶対テツにはしない」
「……」
「ピッピにも」
「……うん」
 返事をする自分の声が震えたのがわかった。
「いつも莉果に触る時思ってた」
「……何を?」
「好きだ、って」
 彼の言葉に頬も胸の中も熱くなる。
「莉果……可愛い。莉果が一番好きだ、って」
 耳元で響く彼の甘い声に、どうしてだか泣きたくなって、それを堪えながら囁く。
「私も、あっちゃんが好き」
 うんと近くで振り向いた彼の瞳を受け止めた。こんなことある筈ないって思っていたさっきまでの私に、早く教えてあげたい。
「これが、あっちゃんのほんと?」
「そう」
「私、急に怖くなったの」
「なんで?」
「あっちゃんのこと思い出すだけで、四角いお砂糖噛んだみたいになるから」
「……」
「一日中、甘く痺れて……痛いの」
「じゃあ、こうして目の前にいる時は?」
 溜息を零す私の唇に指を当てる彼に、耳を澄まして欲しくて、わざと小さな声で呟いた。
「ヌルいお湯」
「……え?」
「あったかくて溶けそうだから、大事にしてくれてるって勘違いする」
「勘違いじゃない」
 彼はそのままもう一度唇を寄せた後、私をきつく抱き締めた。
「……俺、言わないように散々我慢してたのに。やっぱ無理だったな」
 吐息がほんの少しだけ笑みを含んでこちらへ届いた後、彼の手は私の髪へ移動し、いつもの様に優しく梳き始めた。彼は鍵付きの箱を丁寧に開ける。

「お前さ、このこと秘密にできる?」
「秘密?」
「そう。もう後戻りできない……秘密」


 二人の他には、ひっそりとこちらを見つめている花達しかいない。秘密を共有しようとしている美しいそれらに、彼の肩越しから視線を送って、誰にも言わないようお願いした。



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