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空飛ぶ姉妹 後編




 そこには、背の高い草と花の中に手と頭を突っ込んで、汗だくになっている小六の俺がいた。
 再び木の陰から変な乗り物に乗ったまま、姉妹と一緒にその様子を窺う。頭上でカラスの鳴き声が響いた。さっきまで肌を突き刺していた太陽が、西の空に沈もうとしていた。

「何でこの時間に連れてくるんだよ。夏梨に謝れないだろ。さっきの時間に戻ってくれよ」
 隣で焦る俺を気にも留めず、姉妹は遠くの俺を眺めて言った。
「必死に探してるね」
「無駄なのにね」
 口に手を当てて、クスクスと笑っている。
「無駄って何だよ。一生懸命探してんだろが」
「だってほら、あれ見て」
 姉が指差す方には、しゃがんでプレゼントを探す俺を、遠くからじっと見つめている女の子がいた。夏梨だ。彼女は、俺によって花の中に投げ込まれたはずの誕生日プレゼントを手にしていた。
「え、なんで持ってんの?」
「夏梨ちゃん、甚太が来る前に、あたしたちのところへ来たんだよ。プレゼント探しに」
「あたしたちのところって……お前らも、あの現場にいたのかよ?」
 姉妹は返事もせずに手を合わせて、真剣な表情で夏梨を見守っていた。
 草の中で、まだ探し続ける俺の背中に向かって、夏梨は足を一歩進めた。夕暮れのせいなのか、彼女の横顔は赤く見える。
 どうするつもりなんだろう。俺に、何を言おうとしてるんだろう。見ているこっちが、何だか泣きそうになる。
「甚太ー! 何してんの?」
 草の向こう側、公園沿いの路地から同級生が声を掛けた。あいつ、私立中に行った山下じゃん。
「べ、別に、ちょっと探し物。お前こそなんだよ、塾?」
「もう終わった。何探してんの? 手伝おうか?」
「……大丈夫。帰ろうぜ」
 立ち上がった小六の俺は、公園を出て山下と歩き出した。
 夏梨は? そういえばこの時、どうして俺は夏梨に気付かなかったんだ?
 慌てて見渡すと、夏梨は滑り台の陰に隠れて小さくなっていた。プレゼントを抱き締めて、泣くのかと思ったら、嬉しそうな表情だった。とても。

 真っ暗な空を飛ぶのは気持ちがいい。星は小さく、月はいない。飛び立った時と同じ夜空が、一面に広がっている。
「お礼はここまでだよ。あたしたちも、これで自由」
 親はいないだとか、色はピンクとか赤だとか、虫は嫌いで小鳥は好きだとか、空を飛べたんだとか。
「夏の終わりごろ、本格的に飛べそうだわ、うん」
 俺のじーちゃんに綺麗だ可愛いだと言われたとか。物を投げつけられただとか。超、超痛かったんだとか……・。何だよ、全部そういうことか。
 アスファルトの駐車場に降り、姉妹は俺だけをそこに残して、花の形の乗り物と一緒に再び上空へと飛んで行った。
「また来年ねー」
「ありがとー」
 声がだんだん小さくなる。
「……また来んのかよ」
 ポケットに手を突っ込んで歩き出そうとした足を、止めた。
「俺も!」
 暗い空を見上げて声を張り上げる。
「なあにー?」
「ありがとな! あと、ごめん! 痛い思いさせて! もう、あんなこと絶対しない!」
「べつにーいいよー。来年もミミズ持ってきてねー」


 朝から蝉がうるさい。
 人んちの網戸に止まって、元気いっぱい鳴くんじゃないっつの。
 目が覚めたら昨夜の記憶がない、とかそんなの想像してたけど、普通に全部覚えてた。あの姉妹、もう来年まで会えないのか。夢だったのかもしれないけど、でもそうじゃないのかもしれない。

 支度を終えて家を出た俺は、いつもの通学路を変更して、確かめる為に、あの元公園へと向かった。角をいつもと違う方向へ曲がると、駐車場には夏梨が一人でいた。
 心臓が跳ね上がり、手に汗が噴き出し、顔が引きつる。
 どうしてそこにいるんだとか、いや、夏梨の通学路なんだからいるのは当たり前だろうとか、余計なことをごちゃごちゃ考え始めた頭を、その場で思い切り横に振った。俺に気付いた夏梨は、口を固く閉じたまま、こちらを見つめている。
 今しかない。昨夜、勇気をもらったんだ。お前らも聞いててくれ。いるんだろ? そこに。
 一歩足を踏み出すと、夏梨は俺から顔を逸らした。もしかしたら、とっくに嫌われてるかもしれない。だけど。
 また一歩近づく。次は一気に進んで、彼女から二メートルほどの場所で立ち止まる。息を吸い込み、静かに声を吐き出した。
「……朝練?」
「うん」
 俯いたまま、夏梨は指先で、目の前にたくさん咲いている花を触っていた。
「ここ、お花咲いてる。葉っぱもこんなに……。急にどうしたんだろって思って。全部なくなっちゃってたのに」
 ごめんな。
「なんたっけ、この花の名前」
 ほんとは、あの時すごく嬉しかったんだ。
「鳳仙花。種が飛んでくの。私、よく拾って集めてた」
 周りに誰もいなければ、あんなふうにはしなかったのに。そんなの全部言い訳だけど。
「花は?」
「お花は飛んだりしないよー」
 ふ、と夏梨が笑った。
 ああ、この感覚。その笑顔。何で今まで、これを見ないでいられたんだろ。馬鹿だよな、ほんとに。重たい鞄を肩に掛け直す。
「俺は、こいつらと空を飛んだわけよ」
「なあに、それ」
「朝練遅れるから、歩きながら話す」
 三人乗りだけど、来年は夏梨も乗せてもらえるように頼もう。

 風が吹いて、夏梨の後ろで花たちが嬉しそうに揺れた。









 〜了〜

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