一階のリビングに集まった私たちは、ひとまずソファに落ち着いた。
 広々とした板張りの床に、コの字型にソファが置いてある。端の一人掛けに北村さん、その隣の二人掛けに男性と女性、そして北村さんの正面に私が座った。

「既に皆さん顔見知りだとは思いますが、全員集まりましたので改めて自己紹介をしましょうか」
 北村さんの仕切りで話が進む。
「ノースヴィレッジアーキテクツ代表の北村です。よろしくお願いします」
 よろしくお願いします、と私たちも頭を下げる。次はハーフパンツにTシャツを着た男性の番だ。
「石橋(いしばし)です。営業やってます、よろしくお願いします」
 次は女性の番。
「十和田(とわだ)です。販売をしています。よろしくお願いします」
 前に会った時も思ったけれど、とても可愛らしい人だ。長い髪を耳の下で一つに結わいている。
 そして次に私の番、ってこれ、職業言う流れなの?
「加藤です。今は……無職です」
 うう、言いづらい。このシェアハウス、一年とはいえ無料で住めるから、私みたいなゆるい人もいるかなーと思っていたけど甘かった。同世代ならバリバリ働いている人のほうが多いよね。

「ありがとうございました。では次に――」
「あ、ちょっと待ってください。いいですか?」
 北村さんの言葉を、男性の石橋さんが遮った。
「どうぞ」
「皆さんの下の名前と年齢も知りたいです。俺は一樹(かずき)と言います。数字の一に樹木の樹。二十七歳です」
 顔を見合わせ、自己紹介と同じ順に名前を言っていく。
「保奈美(ほなみ)です。保つに、奈良の奈に美術の美。二十六歳です」
「私は星乃(ほしの)です。空の星に、乃木坂の乃です。もうすぐ二十八です」
 皆で北村さんのほうを見る。そういえば、私も彼の下の名前は知らなかった。
 なぜか躊躇った北村さんは、小さくため息を吐いて私を見た。な、何……?
「俺は……月斗(つきと)です。空の月に、一斗缶の斗」
「わぁ星と月ですね! 加藤さんと北村さん!」
「へぇ、すごい偶然っすね〜!」
 すぐさま十和田さんと石橋さんが反応した。彼らの言葉で我に返る。
 まさか、名前までこういう偶然があるとは……
 ああ、それで私のほうを見たんだ。ここまで重なると、何となく言いづらくなるのもわかる。

「では、シェアハウスの生活を始めるにあたって、確認の説明をさせていただきます」
 鞄からプリントを出した北村さんは、それを皆に配り、シェアハウスのルールを話し始めた。
 週に二回以上は住民同士で食事をすること。全員揃わなくてもいいが、誰かしらと食事をとること。朝昼晩、いつでもいい。
 ブログは順番に更新すること。その際、個人情報などに十分気をつけること。
 掃除は各部屋のみ。キッチン以外の共同場所は清掃スタッフが入るのでしなくてもいいが、他の人のことを考えて使ったあとは綺麗にしておくこと。ゴミ出しも順番。住人の迷惑になるような行動は一切禁止等――これらは全部、ここへ入る前に聞いていたことだ。
 そして……
「シェアハウス内での恋愛関係を禁止します」
 ふんふんと頷いていた二人が一斉に顔を上げた。もちろん私も。
「そんな決まりありましたっけ? いや、別にそういうつもりはないですけど、そうだったかなぁって」
 石橋さんが北村さんに訊ねる。
「ありませんでしたが、後付けで決まりました」
「後からわざわざ決めたんですか?」
「当初は同性だけのシェアハウスという案もあったのですが、偏りがあると気づかない点も多いため、男女二名ずつを選びました。今回のリノベーション・シェアハウス計画はまだ試験的なものです。気づいたことがあればどんどん提案していただきたいと同時に、この生活を長続きさせるためにも、恋愛関係のゴタゴタはなるべく避けたいな、と」
「ああ、なるほど」
「それはそうですよね」
 石橋さんと十和田さんが頷いた。

 後付けで「恋愛禁止」が決まったんだ。私と面接をしたときも、北村さんは急に参加することになったんだっけ。
 もしかして私がメンバーにいるから、恋愛禁止とか言い出したわけじゃないよね? 私のことは元気になったかどうかを確認したいだけの、一夜限りの関係。今後も恋愛関係を求めるわけではないから、ここで釘を刺しておく、とか。
 いやいや考えすぎでしょ。私が理由とかいう、そんな私事でルールが決定するわけがない。
 まぁでも、恋愛禁止と最初に言ってもらったほうが、今の私には気楽でいい。周りを気にせず過ごせるだろうし、何といっても一年あるのだから、その間は平和に暮らしたい。

「あとひとつ。一応、私はここを作った立場ではありますが、そういうのは気にせず過ごしてください。私に対してどうでも、ここを立ち退いてもらうことはありませんので。個人の素行がシェアハウスに悪影響を及ぼした時だけ、出ていってもらいます」
 淡々と北村さんが語る。
 この家を作った会社の社長がシェアハウスのメンバーはどうだろうと思ったけど、かえってよかったのかもしれない。変なことはできないし、困ったときはすぐそばにいてくれるのだから安心だ。
 石橋さんと十和田さんも私と同じ考えだったらしく、北村さんの言葉に納得している。

 そこで私の荷物が届いたため、その場は一旦おひらきとなり、夜にリビングで親睦会をすることになった。荷ほどきが終わっている石橋さんと十和田さんは、夜のための飲み物を買いにいくと言って、シェアハウスを出た。

「よいしょ、っと」
 私にあてられた二階の一室に入る。畳の上に段ボール箱を置いた。
「どこに置きます?」
 もうひとつの段ボール箱を持ってくれていた北村さんが、部屋の入り口で言った。
「あ、じゃあすみませんが、クローゼットにお願いします」
「わかりました」
 東向きの八畳間は窓が大きく取られ、とても明るかった。真新しい畳のいい香りが充満している。 まだエアコンのスイッチをつけていないのに、それほど暑くない。
 木製の格子が美しい引き戸のクローゼットに、北村さんが段ボール箱を入れてくれた。そしてこちらを振り向き、私の足元の段ボールを見つめる。
「荷物、少ないですね」
「ほとんど捨てちゃったんです。自分の物」
「捨てた?」
「も、元カレとの思い出の物とか、デート服とか、そういうのを全部捨てたら、ほとんど持ち物がなくなっちゃったんですよ」
「あー……」
 眼鏡を押さえた彼が、何度も頷く。
「北村さんは荷物多いんですか」
「俺も似たようなもんです。スーツケース一つとバックパック一つに詰め込んできただけだから」
「少なっ! ……やっぱり捨てた、とか……?」
「捨てましたね」
 二人同時にため息を吐く。行動が同じ過ぎて、笑うどころか悲しくなってきたよ……
「加藤さん」
「はい」
「俺と加藤さんが知り合いということは、二人には言ってませんので」
「あ、はい」
 それは……そうだろうと思う。どんな関係かなんて、私たち以外に知る必要はないんだから。
「面接のときに、加藤さんが俺の顔を見て驚いたのを二階堂ハウスのお二人に不審がられましたが、知らないフリしといたので。それから」
 北村さんが一歩踏み出し、私に近づいた。どきんと心臓が大きく鳴り、体に緊張が走る。
「加藤さんを合格にしたのは俺の独断ではありませんが、恋愛禁止にしたのは俺の独断です」
「え」
 北村さんが恋愛禁止を決めたの? やっぱり私に釘を刺したかったのだろうか。
「嫁入り前の女性に何かあったら困りますからね」
「それだけですか?」
「? それだけですよ」
「本当は違ったり、隠していることとかないですか?」
「隠してること? 例えばどういう?」
 眼鏡の奥から北村さんの瞳が私をじっと窺う。
「ごめんなさい、やっぱり何でもないです」
 シェアハウス内で恋愛禁止ということは、どちらにしろ、私と恋愛関係にはならない、と言ってるのだ。別に期待していたわけじゃないけど、複雑な気持ち。

  ――俺も元気になれないから、あなたが応募したシェアハウスに参加することにしたんです。

 あの言葉は何だったのかと考える。
 別にたいした意味はなかったってこと? だとしたら、一人であれこれ考えちゃった私がバカみたいだ。私と行動は同じなのに、北村さんが何を考えているのかよくわからない。

「困ったことがあったらすぐに言ってくださいね。じゃあ」
 そばにいた彼が、私の頭にそっと手を置いた。
「!」
 思わず肩を縮ませる。
「またあとで」
「に……荷物、ありがとうございました」
「いえ」
 何だか変なの。
 一晩とはいえ、体を繋いで、お互い夜遅くまで感じまくってたのに。たったこれだけのことで、動揺してる私って何なの。

 頭をぽんぽんするのって北村さんのクセなんだろうか。そういうのやめてほしい。どうしたって心地よく感じてしまうんだから。