なぜ彼がここにいるのか聞きたい気持ちを呑み込み、面接官三人の視線を受ける。
 私と面接官の間には大きな机があり、その上に私のためと思われる資料が一冊置いてあった。
 正面の男性が挨拶を始める。

「この度はご応募いただきまして、ありがとうございました。二階堂ハウス人事担当の鳥羽(とば)と申します。こちらが建築設計事務所ノースヴィレッジアーキテクツの北村代表取締役。そして、弊社の古民家再生プロジェクト担当小菅(こすげ)です」
 よろしくお願いします、と三人が頭を下げた。私も一緒に頭を下げる。
 やっぱり北村さんだった……って、今、代表取締役って言った!? 北村さんが設計事務所の社長ってこと!?
 こほん、と咳払いをした鳥羽さんが、自分の資料を手にしながら私に言った。
「どうぞ、そちらの資料をご覧ください」
「はい。あ、すみません」
 別室から現れた女性が、私にグラスに入った麦茶を出してくれる。
 私は机の上に置いてあった資料をめくり、中を見た。

「古民家再生プロジェクトの一環として『古民家リノベーションでシェアハウスをする独身二十代の男女』を募集していました。応募要項と照らし合わせて、加藤さんのお話を伺わせていただきますが、よろしいでしょうか」
「あ、はい。よろしくお願いします」
 そういえば応募要項に何を書いたんだっけ。
「加藤さんのお住いは都内近郊ですね」
「はい。田園都市線を使っています」
 北村さんに住所も下の名前も伝わってしまったということか。私のほうも彼の職場や役職を知ったのだから、おあいこではあるけれど。
「加藤さんがご応募いただいた動機が『結婚直前に婚約破棄をされ、職場も失い、何もかもどうでもよくなって、どうせ運がないんだし、ダメもとで応募してみた』とありますが」
「ごほっ」
 北村さんが咳き込んだ。いやそれ、本当は噴き出したのをごまかしたんでしょ、絶対。北村さんのほうをじっと見ると、彼はばつが悪そうに私から目を逸らして言った。
「失礼しました。どうぞ続けてください」
 ここで噴き出すってことは、もちろん私に気づいてるということだよね?
 私が契約破棄をされたことは全部知ってるんだから、何も今さら噴き出さなくたっていいじゃない。

 ていうか、私、応募申し込みにそんなに色々書いてたんだ。今さらだけど、ものすごく恥ずかしくなってきた。これじゃあただのイタい人に思われないだろうか。せっかく一次通過したというのに、もうダメな気がしてきた。

「失礼ですが、加藤さんは現時点でお仕事のほうは、お決まりになりましたか?」
「い、いえ、まだ何も」
 ますますいたたまれなくなる。
「教えていただき、ありがとうございます。それでは合格した場合のお話をさせていただきますね。資料の三ページをおひらきください」
 あれ? もっと突っ込んだことを何か聞かれると思ったのに、そこはさらっと流しちゃっていいんだ。
「そちらに掲載されているのが今回のシェアハウスとなる古民家です。リノベーションはすべて終わっておりますので、中は新築と変わりありません。仕様はそちらに掲載されているものをお読みください」
「わぁ、素敵ですね!」
 味のある古い建物だが、ドアや窓際は新しくモダンなものに替えられている。中の部屋も、共同部分の水回りも、とても綺麗だ。
「ありがとうございます。今回の審査を通過された方は、このシェアハウスの一部屋に住んでいただきます。家賃は必要ありません。光熱費は社のほうで負担します。また、家具やファブリックは提携しているインテリア店のものを、お一人様三十万円分までご自由にお選びいただけます」
「えっ! そんなにですか!?」
「ええ。そちらに少し掲載しておりますが、家具、寝具、カーテンや電灯などが主なものになりますね。共同のキッチン用品やバス、トイレ用品は同じインテリア店から提供する予定ですので、個人的なものをご利用いただければと思います」
「選んだ物は、契約が切れた後はお返しするんでしょうか?」
「いえ、そのまま提供させていただく予定です」
「そうなんですか」
 これは嬉しい。
 利用するインテリア店というのは、生活に必要なものは何から何までほぼ揃っている、全国にいくつも店舗を持つ会社だ。シンプルでどんなものにも合うから、私も利用することが多い。

「シェアハウスは四人が暮らせる仕様です。二階は女性が二人、一階は男性が二人。それぞれの階にバス、トイレがついていますので男女で共用することはありません。キッチンとリビング、テラスは共用です。ここまででご質問はありますか?」
「いえ、大丈夫です」
「ありがとうございます。あ、どうぞ、お茶を召し上がってください」
「いただきます」
 汗をかいたグラスを手にして、冷たい麦茶を飲む。面接官の人たちも同じように飲んだ。
 このシェアハウス、なかなかいいどころか、すごくいい。建物は趣があり、それでいて中は新品同様。生活必需品は用意してくれるというし、駅からそう遠くもない場所にある。

「では次に、私のほうからモニターとしての条件をご説明します」
 北村さんが話し始めて、なぜか私の全身が緊張する。
「まず、週に二回以上キッチンで料理を作り、全員、もしくは都合のつく数人で食べてください。その様子をこちらが用意したブログに投稿していただきます。本名や顔出しはしなくて結構です。料理は四人で当番制にしてもかまいませんし、作りたい人が作るようでもかまいません。お任せしますが、とにかく投稿はしてください」
「はい」
「このシェアハウスの様子ですが、個人のSNSやブログ等に投稿することはやめてください」
「あ、はい。それは大丈夫です」
 私、北村さんの声がいちいち気になっている。
「家電、家具、キッチン用品など、インテリア製品に関する使い勝手などもブログに投稿してください。また、シェアハウスそのものの使い心地、光熱費のかかり方、光熱費の抑え方の工夫など、生活全般に関することもどんどん投稿していただきたいです。もちろん困ったことなどありましたら、都度社員にご相談ください」
 彼の声が耳から浸透して、面接中なのに慰め合った日のことを思い出してしまう。
「モニターの方にしていただくことは、シェアハウスの宣伝です。いいところも悪いところも、感じたままをきちんと書き込んでいただければと思います。加藤さんはその点、応募要項にあるように思ったままを書いていただけそうですので期待しています」
 私の顔を見て、彼がにっと笑った。
 イラッとしながらも、なぜか私の頬が熱くなる。何なの、その笑顔は……!

「お部屋の仕様について、何か心配事はありませんか」
 北村さんの発言に、にこやかに笑った女性、小菅さんが私に聞いてくれた。
「えっとそう、ですね。音とかはやっぱり響くんでしょうか」
「できる限り防音しておりますが、木造ですので鉄筋造りよりは響きますね。ただ、声が筒抜けということはないです」
「そうですか。募集は私を含めて四人、ということでしょうか」
「いえ、募集は三人になります。弊社か、ノースヴィレッジアーキテクツさんから一人参加する予定です。まだ誰が参加するかは未定なんですが――」
「いや、私が参加しますので」
 小菅さんの発言を遮った北村さんが、右手を挙げた。
「え!? 北村社長がですか?」
「はい。させてください」
 鳥羽さんと小菅さんが明らかに動揺している。
「え、っといえその、北村社長がよろしければ、こちらは全然かまわないのですが……本当によろしいのですか?」
「ええ。私が責任もって、シェアハウスのメンバーに何事もないようにしますので」
「それは安心ですが……そうですか。まぁその話はこのあと、もう一度確認して決定しましょう」
「そうですね。急にすみません」
 シェアハウスに北村さんが参加する、ということ……!? それも今立候補したっぽいけど、どういうことなんだろう。
「加藤さん」
 北村さんが私を呼んだ。
「は、はい」
「私が参加することで無理だと思うなら、この場で断ってください」
「え……」
 鳥羽さんと小菅さんが顔を見合わせ、どういう意味なのかという表情をした。

 私を参加させたくはないってこと? だから急に自分が参加すると宣言したんだろうか。それとも、北村さんと同居することに私が嫌がるかどうかを知りたいってこと?
 でも……どちらにしたって、私は決めたんだ。新しい生活に飛び込むことを。

「……いえ、参加します」
「そうですか。では合格された場合、追ってご連絡を差し上げますので、お待ちください」
 面接中なのだから当然といえば当然なのだけど、北村さんがあまりにも事務的で、何を考えているのかわからない。
「どれくらいの期間でご連絡をいただけますか」
「一週間後ですね」
「わかりました」
 お疲れさまでした、と皆に挨拶をされ、私はその場をあとにした。

 別に私が合格すると決まったわけじゃないし。そうだよ、北村さんが私を合格にさせるわけがない。
 私とこの先どうにかなりたいとも思えないし、だとしたらシェアハウスで同居したって気まずいどころの話じゃないだろうし。
 それにしても本当に何なんだろう、この偶然の回数は。
 婚約指輪を売りに行った場所で、書店で、居酒屋で……そしてネットで応募した先が彼のかかわる会社だったとか。偶然にも程がある。

 ヒールを鳴らして、品川駅に戻る道のりを足早に歩いた。
 電車に乗り、ドア際に立ってスマホを眺める。ニュースサイトや雑貨のお店を見ているとメッセージが入った。
「え」
 北村さんからだ……! どうして、と思ったけれど、面接のことで何か連絡があるのかもしれない。冷静さを取り戻した私は、メッセージをひらく。


 ――北村です。お久しぶりでした。ということで、どうぞよろしくお願いします。

 再会したことにも、お互いの素性が知れたことにも触れてこない北村さんに、何となくカチンときた。

 ――まだ、本決まりではないですよね?

 ――俺がオーケー出せば、合格の一人は加藤さんで決まりです。二階堂ハウスさん側は、俺の意見を通すと言ってくれているので。

 ――北村さんは合格者を私にしたいんですか?

 つい、ストレートに聞いてしまった。でもどういう答えが戻ってくるのかは興味がある。

 ――そうですね。俺は加藤さんがいいです。

「なっ!」
 思わぬ回答を受けて動揺する。どう返事をしていいか迷っている間に、次のメッセージが入った。

 ――俺がよくても、あなたが嫌なら仕方がないと思って、あの場で断ってくださいと言いました。

 ――北村さんが私を参加させたくなくて、ああいうふうに言ったのかと思いました。

 ――違いますよ。あ、それと俺、社長とか言われてましたけど、共同で会社作ってその代表やってるだけなんで。そのへんは誤解しないでくださいね。特にエラい人なわけじゃないです。

 ――わかりました。

 ――では、さっきもお話しした通り、詳細は追って社から連絡を入れますので。よろしくお願いします。

 ――こちらこそよろしくお願いします。


 まだ面接が続いているみたいに、淡々とした受け答えだ。
 私を慰めてくれた人と同一人物とは思えない、この事務的な返答。
 この件に関しては仕事だからしょうがないのはわかってるけど、やっぱり何か釈然としない。

 渋谷駅に着いてスマホをバッグに入れたとき、また着信音が鳴った。母に夕飯の惣菜を頼まれていたから、多分そのことだろう。
 再びスマホの画面を見て、母ではないことに驚く。また、北村さん!? 何か伝え忘れたことでもあったのだろうか。
 階段を上りきった私は、人の少ない端っこに寄り、メッセージをひらいた。


 ――あの、加藤さん。

 ――はい、どうしましたか。

 ――元気になりましたか。

 胸がきゅんとする。
 一瞬で、あの別れ際の言葉を思い出した。元気になったらあなたに報告したいと、連絡先を教えてくれと言った彼の言葉を。

 ――元気になれないから、一次通過を受けることにしたんです。北村さんは?

 ――俺も元気になれないから、あなたが応募したシェアハウスに参加することにしたんです。

「え」

 ――では、仕事に戻るんで失礼します。


「あ……ずるい」
 呟いて、もう一度彼のメッセージを目で追う。
「言い逃げだよ、こんなの」

 どういう気持ちで、彼がこんなことを言ったのか。
 一週間後に本当に合格通知がきて、シェアハウスに住むことになったら……聞いてもいいよね。