片恋〜栞編〜

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18 伝えたいこと




 二時限目の休み時間、この前みたいに中庭の芝生に行って愛美と絵梨に向き合って座った。

 ちゃんと言おう。二人には聞いてもらいたいから。
「もう、降参したの」
 私の言葉に二人は首を傾げる。
「自分の気持ちに。吉田くんとは友達だって言った事、やっぱり撤回してもいい?」
 二人は何も言ってくれない。……全部言わなきゃ駄目な雰囲気?
「……好きになったの、吉田くんのこと」
 やっぱり恥ずかしい。顔が赤くなっていくのがわかる。俯いていると、二人が口を開いた。
「やっと言ってくれたね」
「素直になれたんだ」
 顔を上げると、二人とも嬉しそうに私を見ている。
「うん。でも、どうしてわかったの?」
「栞を見てればわかるよ。それに保健室でさ、」
「あ、あれは栞っていうよりは、吉田くんって感じだったけど……」
 二人が顔を見合わせる。保健室? 包帯を巻いてもらった時だ。何かあったっけ?
「吉田くんが、何?」
「ううん、別に何でもない。とにかく、栞が自覚してくれて良かったよ」
「……うん。でもずっと片思いだと思うから、期待しないでね」
 吉田くんを好きになっちゃ駄目だって、そう思った時からわかってた事だから、それは別にいいんだ。今は彼を好きって思う気持ちを大切にしたい。

 愛美が私の顔を見て言った。
「栞、ずっと言いたかったんだけど」
「ん?」
「相沢くんの事があったからって、自信無くさないでよ? 相沢くんとは上手くいかなかったけど、だからって吉田くんともそうだとは限らないんだからね?」
「ありがとう。でもね、私見ちゃったんだ。吉田くんが告白されてる所」
「……」
「吉田くんね、今そういう気は無いってはっきり言ってた。それに彼女を作る気があったとしても、私の事を選んでくれるなんて事は有り得ないから」
「どうしてそう思うの?」
「もっと素敵な女の子が一杯いる。あんなにモテるんだし」
 自分で言ってるくせに、ちょっとだけ落ち込む。
「いつかは好きって伝えられたらいいなって思うよ。でも今はそれよりも吉田くんにお礼がしたいんだ」
「お礼?」
「相沢くんの事で落ち込んでるとき、何度も吉田くんに助けてもらったの。吉田くんは気づいてないと思うけど、すごく嬉しかったから。だからお礼がしたいの」

 私の言葉に、ずっと黙っていた絵梨が口を開いた。
「ねえ、吉田くん来月誕生日じゃなかった?」
「そうなの?」
「そうだよ、何かあげればいいじゃん。誕生日だったら当たり前に何か渡せるし。少しでも栞のその気持ちが伝わるかもしれないよ?」
 吉田くんはあの時、見ないで下さいって言ってた。私の告白現場を見てしまったことを、知られたくはなさそうだったから、パンをありがとうなんて言えない。だったら誕生日に何かする方がいいかな。その方が自然だよね。
「……そうしてみる」
 二人に背中を押され、決心した。よし、頑張ってみよう。

 決心したのはいいけれど、誕生日の日にちがわからない。それに吉田くんが好きなものも、よくわからない。焼きそばパンが好き、くらいだもんね知ってるのは。

「高野くん」
「鈴鹿さん、どうしたの?」
「今ちょっとだけいい?」
「え、全然いいけど。……あ、もしかして告白? 嬉しいけど俺彼女いるからさあ。ほんっとごめ、」
「ううん、全然違う」
「はは……結構はっきり言うね」
 高野くんは、だいたいいつも吉田くんと一緒にいるから、吉田くんのこと教えてくれるかなって思って、お昼休みに一人で廊下を歩いていた所を引き留めた。

「あの……」
 いきなりかな。よく考えたら、ちょっといきなりすぎたかも。何て言えばいい? 高野くんは私を見下ろして、急ににこっと笑った。
「鈴鹿さんの言いたいこと、俺当ててもいい?」
「え?」
「もしかしてさ、涼のことじゃない?」
「……どうしてわかったの?」
「いやあ、俺軽くエスパーだから」
「軽くってなに」
 思わず吹き出してしまった。高野くんっておもしろいよね。でも、何で吉田くんの事だってわかったんだろう。
「涼がどうかした?」
「あの、吉田くんて誕生日いつかな」
「え! 今何て言った?!」
 高野くんは突然大きな声を出した。
「吉田くんの、誕生日」
「それ、鈴鹿さんが知りたいの? それとも誰かに頼まれた?!」
「ううん。あたしが知りたいの。吉田くんに、何か、その……あげたいなって」
「マジで?!」
 何でそんなに驚くの? 変なこと言っちゃったかな。私が何も言えずにいると、高野くんが謝った。
「あ、ごめん、ごめん。あのさ、ちょっとここじゃなんだから、昇降口行こう。何か飲まない?」
「う、うん」

 高野くんと飲み物を買って外に出て、花壇のレンガに座る。傍には金木犀がいくつか並んでいて、とてもいい香りが鼻先まで届いた。
「涼に誕生日プレゼントあげたいってことなら、本当にそうしてあげて。ちょうど来月誕生日だし。あいつ、鈴鹿さんと仲良くなりたがってるからさ、絶対喜ぶって」
「そうなの?」
「うん。鈴鹿さんさ、あいつのこと……どう思う?」
「え……優しいし、いい人だなって思うよ」
 好き、だし。
「あいつさ、最近彼女作ってないの気がついた?」
「うん。みんな言ってる。変だよねって」
「あいつああ見えて、真面目なんだよ。今までとはちょっと違うから。生まれ変わった吉田涼って感じかな」
「?」
 コーヒーを飲んでいた高野くんが、振り返って私を見た。
「涼はさ、いい奴だよ。ま、女の子にモテすぎて反感買うこともあるけどさ。基本いい奴だから」
「うん。そうだよね」
「知ってた?」
「知ってた」
「そっか」
 高野くんがへへと笑った。私もつられて笑う。

「何あげたらいいと思う? あたし、吉田くんの好きなもの全然わからないんだ」
「何でも」
「え?」
「鈴鹿さんがあげるんだったら、何でもあいつは喜ぶよ」
「そんなことないよ」
「いーや、そんなことある!」
「なんで?」
「それは涼に聞いてね」
 それが聞けないから聞いてるんだけどな。私が手元の飲み物を見つめて困った顔をしていると、高野くんが言った。

「さっき言った事、冗談じゃなくてほんとだよ。鈴鹿さんがくれるんなら、紙切れ一枚だって喜ぶと思うけど、それじゃ答えになってないから教える。ていうか、俺もよくわかんないんだけど、あいつ甘いものとか好きだよ」
「お菓子とか?」
「うん。お菓子とかパンとかよく食ってる。趣味的なことはわかんないな。中学ん時は部活でサッカーやってたらしいけど。あとは確か空手も習ってたって言ってたな。でもこの情報じゃ何あげていいかわかんないか」
「ううん。知らなかった、そうだったんだ」
「内緒ね。あんまり知られたくないらしいから。もうやめたから恥ずかしいんだってさ」
「うん。わかった」
 不思議。私の知らない吉田くんだ。嬉しくなって、口元が緩む。
「涼のこと、好き?」
「えっ!」
 な、何いきなり! 胸がずきーんと痛んだ。す、好きだよ。好きだけど……。
「ごめんごめん。鈴鹿さんって可愛いなあ」
「……」
 思わず赤くなって俯く。知られちゃったかな、私の気持ち。
「プレゼントのこと涼には言わないからさ、安心していいよ。あいつも知らないでもらった方が嬉しいだろうし」
 その言葉にほっとした。ていうか、高野くんほんとにいい人だ。
「仲いいんだね。吉田くんと」
「そう? そうでもないけど」
 高野くんはちょっと照れくさそうに、口を尖らせた。そして吉田くんの誕生日を教えてくれた。

「ありがとう、高野くんに聞いて良かった」
「俺も、鈴鹿さんと話せて良かったよ」

 その日の夜、吉田くんがメールをくれた。
 授業の事、帰り道であった事、明日の天気、何でもないことなのに楽しくて嬉しくて、何回もやり取りしてしまった。けどその度に彼はちゃんと答えてくれて、その返事もすごく優しい。
 もうやめなきゃ、っていう時にケータイが鳴った。それはメールじゃない、吉田くんからの電話だった。

「えっと、ごめん急に」
「ううん、あたしもごめんね、いつまでも」
「や、全然いいんだけど、メールじゃなくて言いたかったから」
「なに?」
「あの……」
「?」
「おやすみ」
「……うん。おやすみ」
「また明日」
「うん、明日ね」
 メールじゃなくて、優しい彼の声が耳に届いた。電話を切った後も思い出す度に、胸がきゅーっと痛くなる。どうしてメールじゃなくて言いたかったの? 私と同じように声が聞きたいって思ってくれたの? あんまり優しいから、ほんの少しだけ勘違いしてしまう。

 好きって気持ちで身体中一杯になって、幸せで、でもやっぱりちょっと切ない気持ちのまま、ケータイを握り締めて眠りについた。





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