片恋〜続編〜

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30 桜の下で




 すごい音だな、これ。
 軋むペダルが、ぎーこぎーこ音を立てている。

 後ろに栞を乗せて、土手沿いから緩やかな坂道を自転車を漕いで上って行く。どうしても二人で桜が見たくて、高野に自転車を借りた。
 それにしてもこれ、油くらい差せよな。錆付いてるから、ペダルだけじゃなくてあちこちガチャガチャいってる。つーか未だにこのチャリンコ乗ってんのかよ、あいつは。

 別に、他の場所でも良かったんだけどさ。でもどうしても学校の傍にしたかったんだ。長い坂を勢い良くペダルを踏み込んで前に進む。風が少しだけ春の匂いを運んできた。

「涼、大丈夫?!」
 後ろから栞の心配そうな声が耳に届いた。
「ぜ、全然……へーき」
「もうあたし降りるよ」
「駄目! い、いいから……! 絶対上る!」

 あー汗だらだらだ。額からも背中からも流れてるよ。息も切れてるし。
 でも絶対に今日は栞を乗せて坂の上まで行くんだ。それは、前から決めていたことだから。車じゃなくて、自転車。助手席じゃなくて、後ろに栞を乗せる。

 な、長いな坂。もうちょっとだ、頑張れ涼!

 ようやく坂を上りきると、一本の大きな桜の樹があった。満開の桜が風に揺れている。
「綺麗! ここ? っていうか大丈夫?!」
 自転車を降りて桜を見上げた栞が、心配そうに声をかけてきた。
「……あ、うん……平気」
 もうぜーぜー言って苦しすぎ。歳か? 歳のせいなのか? でも、上ったぞ! やったじゃん俺!
「ここから学校の屋上が見えるよ、涼!」
 そう、それ。その為に来たんだよ。
「……よく見える?」
「うん。見えるよ」
 桜の下で肩で息をし、俯いて座り込んでいる俺の横に立って、栞が言った。額の汗を拭って顔を上げると、街の景色が眼下に広がり、学校の屋上が彼女の言う通り良く見えた。

 栞が俺の隣に膝を抱えて座り、桜を見上げる。
「気持ちいいね、ここ」
「うん」
「全然知らなかった」
「俺も」
「桜が綺麗」
 ちらちらと桜の花びらが落ちてきて、差し出した栞の掌に乗っかった。
「あ、かわいい。ほら」
 嬉しそうに笑って、花びらを見せてくれる。その手にそっと自分の手を重ねた。
「あのさ、栞」
「ん?」
 あ、俺の大好きな栞の表情だ。ずっと変わらないこの表情。
「これからもずっと……一緒にいて欲しいんだけど」
「あ、うん。ずっと一緒だよ」
「いや、そうなんだけどさ、そうじゃなくて」
「?」
 始まったよ、栞のいつものコレ。何年経ってもこれだけはどうにもならない。いつも思うけど、俺の説明の仕方が悪いのか?
「いや、その……だから、ずっと一緒にいたじゃん?」
「うん」
「それで、これからも一緒にいたいんだけど」
「うん……?」
 栞は首を傾げて俺の顔を覗きこんだ。これじゃ堂々巡りだよ。やっぱり絶対意味わかってない。

 もう一度手を強く握って栞に向き直り、息を吸い込み彼女の目を見つめる。やばい、手が震えてきた。しっかりしろ、涼。いいか、言うぞ?
「だから、その、ずっとっていうのは……一生一緒にいて欲しいってことなんだけど」
 俺、顔真っ赤だな。手だけじゃない、肩にも力が入って、全身が緊張して固まってる。
「え……」
 栞の表情が変わった。やっと、伝わったか?
「一生?」
「そ、そう……一生」
「一生って死ぬまで?」
「……もちろん」
 改めて聞かれると、恥ずかしいな。栞の手を握ったまま思わず俯いた。正直怖い。栞は何も言わない。
 意味、伝わったよな? それで何も言わないって事は、駄目……なのかな。今すぐは返事できないか。

 その時栞が俺に飛びついてきた。その勢いで、俺は後ろに仰向けでひっくり返った。
「いってええ!」
「わ、ごめん! 大丈夫?!」
 せ、背中と腰打った。
「へ、へーき」
 起き上がろうとする栞の腕を掴んで、自分に引き寄せる。
「……涼、いるよあたし」
「え?」
「ずっと、傍に」
「……え、ほんとに?」
 その言葉に、栞は俺の胸に顔をこすり付けて頷いた。や、やった……。聞き間違いじゃないよな? 今の。
「あの、ほんとに?」
「……うん。あたしでいいの?」
「栞じゃなきゃいやだ……!」
 顔を上げて俺を見つめる栞を胸に抱き締めた。上から花びらが落ちてきて、桜を見上げた栞がそのまま空に視線を移して言った。
「涼、見て!」
「あ……」
 空を見上げると、桜の間から飛行機雲が見えた。

 栞の手を取り、勢い良く起きて立ち上がる。いてて。痛いけど嬉しい方が先で、もうあんまり感じないや。
「行こ」
「え、どこ行くの?」
「飛行機雲、追いかけよう」

 栞を後ろに乗せて自転車を漕ぎ、今来た坂道を下りていく。土手沿いに出ると、視界が一気に開けた。

 青い空に、真っ白な飛行機雲が伸びていく。心地よい春風が二人の髪を撫でた。俺の腰に掴まっていた栞の手に片手を重ねると、彼女はそれに答えるように俺の背中に寄りかかり、自分の頬をあてた。
 土手沿いを自転車に乗って、二人で飛行機雲を追いかける。


 それは、真っ直ぐ真っ直ぐどこまでも伸びていき、俺たち二人の前を、あの時と同じ様に眩しく通り過ぎて行った。










 〜 完 〜






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