片恋〜続編〜

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22 誰にもやれない




 科学室の入り口から駆け込み、桜井の制服の背中を掴んで栞から引き剥がした。そのまま振り向いた桜井が俺に掴みかかってくる。

 ――手、出すなよ涼。栞の前で絶対に手は出すな。

 壁際で何度も殴りつけてくる桜井を自分の腕で避ける。
「よけんなよ!」
「……」
「そうやって、いつも面倒なことから逃げてきたんだろ」
「……!」
「面倒になって、嫌になったら離れて、その繰り返しだったんだろ?!」
「……」
「鈴鹿とも、同じじゃんお前」
 こいつ……。
「逃げてないで、もっとちゃんと向き合ってやれよ!」
 その言葉に顔の前に上げていた両腕を下げ、桜井に殴られた。

 こいつの言う通りだよ。何だこいつ、俺よりわかってんじゃん。
 桜井がもっといやな奴で、そんなことまるで気がつかないで、ただ単に栞に近付いて来た奴だったら、さっさと栞を連れてこの場から去ってた。
 けど……俺は今こいつに殴られた方がいい。馬鹿みたいだけどさ、かっこつけてんだか、かっこ悪いんだか良くわかんないけどさ、涼、お前桜井の言葉、ちゃんと受け止めろ。

 多分、栞が俺の名前を呼んだ。
 桜井は俺の顔を殴った後、腹と脚に何回か蹴りを入れて、椅子をガタガタと倒しながら崩れて倒れる俺の上に馬乗りになって言った。
「……避けるなっつったからって、馬鹿正直に殴られっぱって何なんだよ」
「……」
「お前もやり返せっつってんだよ!」
 桜井が両手で俺の胸倉を掴んで叫んだ。さっきので口の中切れたな。血の味がする。
「……お前の、言う通りだった、から、さ」
 思わず咳き込む。顔より腹と脚がめちゃくちゃ痛い。避けなかったからな、失敗したかも。
「俺、殴られなきゃ、いけない、って……思ったから」
「……」
「それに、俺」
「何だよ」
「栞の前じゃ……よっぽどの事が無い限り、殴んないって、決めてんの」
「何だよそれ」
 すぐそこにいる筈の栞の方へ顔を向ける。
「ごめん……怖かった?」
 ……また泣かせた。最低だな、俺。

 桜井は俺から離れて栞を振り返った。
「鈴鹿。さっき言ったこと本気だから、俺」
「……桜井くん、ごめん」
「ほんとにこんな奴でいいの?」
「涼じゃなきゃ駄目だし、いやなの」
 涙を手で拭いながら言う栞の言葉に、桜井は溜息を吐いて舌打ちをした。
「どこがいいんだよ、こんな男の……。鈴鹿、いやになったらいつでも俺のとこ来ていいんだからな。それと、吉田!」
 桜井が俺を指差した。お前は部活の顧問か。
「またなんかあったら、こんなもんじゃねーからな! 今日は鈴鹿がいたから許してやる。けど次はボッコボコだかんな!」
「……わかったよ」
「あーなんか馬鹿馬鹿しい。……手も痛ーし。俺、帰る」
 そう言って入り口に向かって歩き出したあいつの名前を呼んだ。
「桜、井!」
 いでで、腹筋が……。
「……何だよ」
 振り返った桜井に言った。
「栞は……誰にも、やんないから」
「!」
「だから……お前に言われた事、実行する」
「は?!」
「逃げないで、ちゃんと向き合うよ」
 桜井は少しだけ黙り込んで俺を見つめた後、呆れたようにまた溜息を吐いて、教室を出て行った。


 桜井がいなくなった後の科学室は、随分しんとしていて、栞が水を流す音だけがやけに響いていた。




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