片恋〜続編〜

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6 ネクタイ(1)




 移動教室の授業も終わり、次は昼休みだ。

 急いで栞を追いかける。今日は一緒に弁当を食べる日じゃない。帰りも帰れない。別に、明日でも明後日でも構わないんだけど……けどやっぱり今がいい。

「栞」
 階段の踊り場で呼びかけると、友達と一緒に歩いていた栞が振り向いた。
「どうしたの?」
「先行ってるねー」
 彼女の友達が気を利かせてくれた。
「ごめん。安川さんたち」
「ううん。何かあった?」
 こちらを覗き込む栞に、急に照れくさくなる。
「これ……」
「ん? なに? 変なんなっちゃった?」
 俺が首から外した自分のネクタイを栞の目の前に出すと、彼女はまじまじとそれを眺めて言った。
「いや、そうじゃなくて、その」
「?」
 彼女は結構こういうとこ、鈍い。と言うか、俺の頭が少しおかしいのか。

 栞と付き合う前、俺と付き合った子達、皆からネクタイを交換してくれとせがまれた。なんか、彼氏と交換するのが流行ってるらしい。うちの学校のネクタイは男女区別なく同じ色だ。ただちょっとだけサイズが違う。男の方が若干太い。

 でも俺は、頑なに交換するのを拒否していた。だっていつ別れるかわかんないし、その度にあーだこーだって言われるのが面倒だったから。そのネクタイ誰のだとか、交換もしてないのによく言われたんだよな。ほんっとに鬱陶しかったから絶対に替えなかった。
 だからこれは正真正銘、俺のネクタイだ。

 でも栞はそういうことは言わない。お揃いの何か持とうだとか、俺のブレザー着させてくれだとか、もちろんネクタイのことも、一切言わない。
 結構淡白なんだろうか。俺の方がヤキモキしてしょうがない。

 で、栞からネクタイ交換しようって、いつかは言ってくれるだろうとずっと期待して待ってたんだけど、待てども待てども、一向に言ってくれる様子はないから、ついに自分からこんなことを言い出していた。この俺が……ほんと、どうしちゃったんだよ。

「栞はさ、それ誰のネクタイ?」
 な、何聞いてんだよ俺は。でもまさか相沢のじゃないよな。だからもうこの妄想癖やめろっての。
「え? 自分のだよ」
「俺も」
「??」
 栞が首を傾げて真剣に俺を見つめた。頼む気づいてくれ!
「だから、その……交換しない?」
 出た、少女マンガの主人公。栞じゃなくて俺がだよ俺が。うざいとか思われたらどうしよう。
「交換? どうして?」
 栞ちゃんん! 嘘だろおい。鈍いのにも程がある。これ、俺が理由言うのか?! 恥ずかしすぎる。
 俺たちの横を、何人かが通り過ぎていく。もうすぐ弁当の時間だから、だいぶ人も少なくなってきた。
「いや、だから、その……」
「?」
「し、栞のが、着けたいから。俺のも着けてて欲しいし」
 真っ赤だ。俺、顔真っ赤だぞ。……ああ、もうどうにでもなれ。

 また、やっちゃたか? 栞の顔が見れない。何か言ってくれ。俯いたままでいると、ごそごそと音がした。
「はい」
 顔を上げると、栞がネクタイを外し俺の顔の前に出していた。
「……いいの?」
「う、うん。いいよ」
 あれ? ちょっと赤くなってないか? 目は逸らしてるけど。で、その栞の顔を見て俺まで照れる。
 階段の踊り場で、二人で赤くなって何やってんだよ、ネクタイ握り締めて。

「あの、着けてあげようか?」
 え、ええええ?! いいのか?
「う、うん」
「もうちょっとかがんで?」
 衣擦れの音が耳元でして、襟元にネクタイが来た。すぐ傍に栞のおでこがある。可愛いなあ。いつもの栞の香りがする。前髪が少しだけ、そよと風に吹かれた。
 思わず、そのおでこに……してしまった。この前、栞が俺の肩に寄りかかって眠ってしまった時のように。
 え? という感じで栞が上を向いた瞬間、目線を横にずらし口を引き結んで、何もなかった振りをした。栞に微笑むくらいすればいいのに、何目逸らしてんだよ俺は。無理だっつーの。普通気がつくから。けど、栞は何も言わない。ほんとに気づかなかったのかな?
 も、もういいや。このままスルーしてもらおう。
「出来たよ。どうかな」
「……ありがとう。何か不思議な感じがする」
「だよね。さっきまであたしが着けてたのに」
 彼女が笑った。

「あ、じゃあ俺も着けてあげる」
「え、いいよ。恥ずかしいし」
「着けさせて欲しい、んだけど」
 ああ、もうどんどん駄目な男になっていくような気がする。
「じゃあ……」
 とは言え、俺と栞の身長差は20センチ以上あるから、正面から普通に着けるのもかなりしんどい。跪くのもなんだしな。でもどうしても俺が着けたい。何なんだよ、この独占欲は。

 そうだ。階段一段分上がってもらったらどうだろう。
「ここに立って」
 うーん。まだ駄目か。
「ごめん、もう一段上」
 よし。これならいいぞ。さっきの俺と栞が逆転した感じだ。
 それにしても……人のネクタイ締めるのがこんなに難しいとは思わなかった。よく昔のコントとかで、奥さんが旦那のネクタイ締める、なんてのがあるけど、相当練習しないと無理だよこれ。栞すごいな。よく出来たよ俺のネクタイ。

 うーん……と眉間に皺を寄せて、栞にネクタイを着けていると、俺のおでこを何かが掠った。え? と顔を上げると、栞が目線を横にして、口を引き結んでいる。顔は……赤かった。
 え? え? ええ?
 ま、まさか。まさかだよな。まさか俺と同じことしたんじゃ……。だってさっきの俺と、全く同じなんだけど。

 どうしよう。やっぱ気づかない振りして、スルーがいいんだろうか。急に俺の心臓がドキドキと音を鳴らし始めた。
「で、出来たよ」
「あ、うん。ありがと」
 何となくそのまま黙ってしまう。もう階段に人は来ない。あちこちの教室から笑い声や話し声が、所々途切れながらここまで響いてくる。

「あの……」
 同時に二人で声を出した。
「何?」
「涼からどうぞ」
 ど、どうすればいいんだ。もしも俺の勘違いだったら、恥ずかしすぎる。
「……これ、ずっと着けててもいい?」
 咄嗟にネクタイを摘んで、誤魔化してしまった。
「うん。あたしもいい?」
「もちろん」
 ああ、やっぱし聞けない。もういいや。教室に戻ろう。午後の授業が始まったら、聞けばいい。いや、ノートに書くんだ。


 おでこにキスした? ってさ。




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