片恋〜続編〜

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2 文化祭




 俺のクラスは、外のテントを張った模擬店だ。えーと確か、茶屋みたいので団子だの、お茶だのを出すんだった。
 教室には行かず、直接模擬店の場所に入ろうとした時だった。

「よっ」
 振り返ると高野がいた。
「ああ、はよ」
「女の子一杯来んのかな。女子高に声掛けたって奴いたからな」
 嬉しそうに笑っている高野は相変わらずだ。お前よくそんなんで彼女に逃げられないよな。
 栞は、どこだろう。まだ会ってない。
「何キョロキョロしてんだよ、涼」
「別に……」
「鈴鹿さんなら、相沢と一緒にいたけど」
「!」
 すごい勢いで高野を振り向き、鞄を落としてしまった。
「嘘に決まってんだろ。あそこにいるじゃん、ほら」
 高野は可笑しそうに腹を抱えている。この野郎は、ほんとに……。一回どうにかしてやらないと、わかんないみたいだな。
 彼女の好きな男、じゃなくて好きだった男が相沢っていうのは、もう高野も知ってる。高野には本当はいろいろさ、その……感謝してるんだよ。

 鞄を拾って高野が指差した方を見ると、栞がいた。
 いくつも並んだ机の向こう側で、友達と楽しそうに話しながら準備を進めている彼女の姿を見つけただけで、やっぱりまだ胸がずきーんと痛む。その友達が俺に気が付き彼女に言葉をかけ、やっと栞が俺を振り向いた。
 目が合って笑って手を振ってくれる。俺も笑って同じ様に手を振ると、栞はまた友達の方を向いて準備を始めた。

 ……あれ。

 何だ俺。彼女は俺に笑いかけたのに。なのに何か変だ。

「行ってくりゃいいじゃん。もうお前の彼女なんだからさ、堂々と」
 高野は自分の持ち場にも行かず、暢気に缶コーヒーを飲んでいる。
「……い、いいよ」
「何遠慮してんだよ。俺が彼氏だーって皆に言ってやりゃいいんだよ」
「言えるか、そんなこと!」
「どうせ今日一緒に回るんだろ? そこで自慢してくれば。お前有名人なんだから」
「自慢って……」
 急に恥ずかしくなって、顔を上げていられなくなった。
「……何赤くなってんだよ。こわっ!」
「うっさいんだよ、お前は。一々実況すんな!」
 笑ってる高野を後にして、自分の持ち場に移った。

 係りは大体五、六人の男女で一組だ。俺の持ち場はもう既に三人が来て準備を始めていた。
「あ、涼来た」
「おはよ」
「涼、これ頼むわ」
「ああ」
 ダンボールの前でしゃがんで準備を進めていると、セーターの背中を突っつかれた。
「?」
「おはよ」
 振り返った途端、心臓が……! し、栞ちゃんがいた。いや、栞だ。彼女もしゃがんでいたから、ほんとすぐ傍にいた。いきなりはなしだろ。いや、挨拶はいきなりか。何言ってんだ俺は。
「お、おはよ」
 涼、お前彼氏になったんだからもっと余裕を持て。
「頑張ろうね」
「うん」
 彼女が微笑んだから、つられて俺も一緒に微笑む。い、いいなあこういうの。彼女も今日はセーターを着ている。それだけのことなんだけど何か嬉しい。
「係、何時までなの?」
「十時四十分」
「あたし十一時十分までだから、先に回ってていいよ」
「……待ってる」
「え?」
「いや、あの……待ってるから」
 最初から最後まで一緒に回りたい、んだけど。
「うん。わかった」
 俺の顔を見て、栞がにっこり笑った。
「確か二年でカフェやってるクラスあったから、そこで待ってる」
「うん、ありがとう。じゃあ後でね」
 そう言って彼女は立ち上がった。もう、行っちゃうのか。あれ……またさっきと同じだ。何だ? これ。

「涼、お前さ」
 一緒の持ち場の係りの奴に声を掛けられた。
「マジで鈴鹿さんと付き合ってんの?」
「え、ああ。……付き合ってるけど」
 冷静に言ったつもりだったけど、やべ、もうにやけてるよ俺。ああ、ほんとにいい響きだ。付き合ってる……。栞ちゃんと、あ、いや栞と。なんか癖が抜けない。
「何かさ、あんましお前らしくないよな」
「え?」
「だって今まで付き合ってた子とちょっと違うじゃん。それに最近ずっと彼女いなかっただろ。どうしたんだよ急に」
 箱の中に入っている、届いたばかりの団子を取り出しながら返事をする。
「俺が……」
 ここで言う事じゃないかもしれないけどさ。
「俺がずっと好きで、だから彼女もいなかったんだよ」
「……鈴鹿さんのこと?」
「そう」
 今までとは違うから、誤解のないように本当の事言っておきたい。
「うそ!」
「やっぱり、ほんとなんだ!」
 傍にいた女子二人も突然参加してきた。
「あたし、鈴鹿さんて相沢くんと付き合ってるのかと思ってた」
 ズキっと胸が痛んだ。頼む、その話題はやめてくれ。まあ俺もそうだって勘違いしたんだけど。でも相沢も彼女できたって言ってたしな。もう安心。もう大丈夫なんだよ。
「涼と鈴鹿さんて、なんか意外な組み合わせだよねー」
 何だよ、それ。俺じゃなくて相沢の方が似合ってるってことかよ。俺とじゃ駄目なのかよ。何なんだよ皆して。

 少しだけ頭にきて、女の子達の話しに返事もせずに何となく振り向くと、ちょうど栞が自分の持ち場で準備をしているのが見えた。男女数人で話している。あ、笑った。何話してんだろ。
 ……まただ。また変だよ俺。そこから目を逸らして目の前の仕事に向き直るけど、栞のことが気になってしょうがない。

 もう心配事なんてないんだよな? 
 彼女は俺が好き。俺も彼女が好き。好きっていうか大好き。で、めでたしめでたし。だからこれで、いいんだよ。

 どこ回ろうか。栞はどこ行きたいんだろう。そうだ、これから楽しい一日が始まるんだから、余計な事は考えなくていい。

 なんとなく胸に起ったもやもやしたものを、無理やり取っ払って自分を落ち着かせ、準備の続きを始めた。




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