片恋〜かたこい〜番外編 栞視点

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お家訪問(1)




 春休みになってすぐの暖かな日曜日。駅の改札で待ち合わせをし、今私は涼と二人、彼の家へ向かって歩いている。
 駅を出ると、なだらかな坂に大きな銀杏の並木道が続いていた。それが終わると今度は桜並木。もうすぐ桜が咲きそうな大きな樹は、蕾が薄っすらと桜色に膨らんでとても綺麗。

「大丈夫かな」
 溜息を吐くと、隣を歩く涼が私の顔を見た。
「どうしたの?」
「……嫌われたらどうしよう。涼の家族に」
「絶対そんなことないから!」
 涼の大きな声にちょっとだけ驚いて顔を上げる。
「あ、や、だから……嫌いになるとか有り得ないからさ。平気だよ。皆楽しみにしてるんだし」
「皆って全員だよね? お母さんだけじゃなくて」
「うん。兄貴も父さんもいるけど、なるべく早く追い出すから」
「え?」
「ていうか挨拶ちょっとしてさ、その後俺の部屋にいればいいから大丈夫だよ」
 涼は私の手を取って歩き出した。大好きな涼の暖かい手に、少しだけ緊張が解ける。
 でも……追い出すって何だろう?

 大きなマンションのエントランスに入り、エレベーターで上がると5階の角の玄関に「吉田」の表札が見えた。
「まあまあいらっしゃい! どうぞあがって」
 ドアを開けた途端、出てきたお母さんが明るい笑顔で迎えてくれた。
「こんにちは。お邪魔します」
「涼! ちょっとすごい可愛いじゃないの! でかした!」
「……テンション高すぎ」
 涼は溜息吐いて言ったけど、お母さんの言葉が私にはすごく嬉しい。下駄箱の上には……涼のお母さんが作ったのかな? ドライフラワーの小さなリースが置いてあって何だかホッとする。

 玄関を上がって廊下を歩くと、後ろで扉が開く音がした。
「こんにちは」
 その声に振り向くと男の人がいて、涼が言った。
「……俺の、兄貴」
「司です。栞ちゃんだよね? よろしく」
 お兄さんだ。涼に似てる……! 背も涼と同じくらいかな。でも当たり前だけど大人の男の人、っていう雰囲気が漂ってる。皆が見たら叫び出しそうなくらいにかっこいい。
「鈴鹿栞です。お邪魔します」
 挨拶をすると、お兄さんはいつの間にか私の隣に来て、肩に手をかけ顔を覗き込んで来た。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。ね?」
 涼と似ている優しい声に……何赤くなってるの私。
「触んなっつーの!」
 涼はお兄さんの手を払いのけ、私の横に立った。
「ケチだなお前は。別にいいじゃん。俺の妹になるかもしれないんだしさ」
「えっ!」
 思わず涼と二人で同時に大きな声を出してしまった。い、妹?
「違うの?」
 お兄さんの問いに、涼が真っ赤になって大きな声を出す。私も思わずドキドキしてしまった。
「い、今そんなこと聞く時間じゃねーだろ! お前は部屋行ってろよ!」
「やだ。俺も一緒にリビング行こうっと」
 お兄さんは、足早にリビングへ入っていった。

「俺の部屋行こう」
 涼は廊下で立ち止まって、突き当たりにあるリビングの扉の方を睨んでる。
「え、でもお母さん……」
「涼! 何してるの! 栞ちゃん連れてこっちいらっしゃい」
「……」
「呼んでるよ?」
「あのさ、俺の家族嫌だったら言って? 無理しなくていいから」
「え、全然嫌じゃないよ?」
「……そう。なら、いいんだけど」
 表情が硬くなっている涼についてリビングへ入ると、さっきのお兄さんはソファに座っていた。お母さんはキッチン。あ、紅茶の香りがする。
「よろしくね?」
「ひゃっ!」
 いきなり後ろから顔を覗き込まれた。……お父さんだ!
「いつも涼がお世話になってます」
 お兄さんの時と同様、いつの間にか私の肩に手が掛けられてる。
「あ、いえ……こちらこそ。鈴鹿栞です」
 するとお父さんは、うんうんと頷いて目の前でにっこり笑った。やっぱり涼に似てる。涼ってお父さん似なんだ。
「だからべたべたすんなっつーの! どいつもこいつも……!」
「痛いな涼、お前はすぐ怒るんだから」
 涼が私の肩に置かれていたお父さんの手をつねって持ち上げた。
「だって涼が家に女の子連れてくるなんて初めてだから、お父さん嬉しくて」
「え……」
「余計なこと言うなよ!」
 え、嘘。あんなに彼女がいたのに……信じられない。本当に?

「栞ちゃん、紅茶が好きなのよね? これでいい?」
「はい。ありがとうございます」
 涼が話したのか、お母さんは私の好きなダージリンを入れてテーブルに置いてくれた。真っ白いカップとソーサーが綺麗。
「あ、座って? 俺ちょっと部屋行ってくる。すぐ戻るから待ってて」
「うん」
 涼がリビングから出た途端、お兄さんがソファから立ちあがり、私の正面に座った。代わりにお父さんがソファに座る。
「飲んで? 遠慮しなくていいよ」
「はい。いただきます」
 紅茶はとてもいい香りで本当に美味しい。一口飲んで顔を上げると、お兄さんがテーブルに両手で頬杖を着いて、にこにこ笑いながら私の顔を見つめていた。

「栞ちゃん、涼のどこが気に入ったの?」
「え……」
「だってさ、あいつモテるでしょ? 女の子に。やっぱ顔?」
「……すごく優しいところ、です」
 涼といると私まであったかくて優しい気持ちなれる。モテるからとか、カッコイイからとか、そういうことで彼を好きになったわけじゃない。涼は私の心の大事な部分にいつも寄り添って、大切に思ってくれる。そんな涼のことを知れば知るほど、もっともっと好きになっていって、自分でも驚いているくらい。
「優しいんだ、あいつ?」
「はい」
 頬杖をやめたお兄さんは、今度は椅子の背もたれに寄りかかって、まだ私の顔をじっと見ている。
「で、上手いの?」
「え?」
 な、何が? 何? 動揺する私を見てお兄さんが笑った。
「ごめんごめん! 冗談だよ冗談。栞ちゃん可愛いなあ」
 え、何。どうしたらいいの? 急激に顔が赤くなる。するとお兄さんは前かがみになって私の方に顔を近づけ、こそっと言った。
「あいつ、すごい女の子慣れしてるように見えるけどさ、ああ見えて、」
 いつの間にか涼が戻ってきて、思いきりお兄さんの頭を後ろから引っぱたいた。
「いでーっ!」
「よけーなこと言うなっつってんだよ!」
「……お前、いつからいたんだよ」
 お兄さんは頭をさすりながら、涼を振り向いた。
「頼むから部屋行ってくれよ、お前は」
「やだね」
「じゃ、黙ってろ」
 涼が私の方を向いて、すまなそうな顔をしてる。
「ごめん。大丈夫?」
「うん。お兄さん楽しいね」
 私が笑うと、キッチンからお母さんが大きな声でこちらに向かって言った。

「涼、早くアレ出してあげなさいよ」
「え、今!?」
 お母さんの言葉に、涼は驚いてキッチンをカウンター越しに振り返る。
「今じゃなかったらいつやるんだよ」
「……皆の前で?」
 お兄さんに言われて涼は慌ててる。……何だろう? 不思議に思って二人のやり取りを眺めていると、お兄さんが涼を横目で見た。
「まさかお前、自分の部屋でやろうとしてんの? 二人だけで? やらしいなあ」
「べ、別にやらしくないだろうが!」
「いいじゃないの、早く早く!」
「お父さんも入れて」
 お母さんもお父さんもテーブルに集まってきた。何が始まるの? キョロキョロする私の顔を見た涼が、恥ずかしそうに言った。
「あの、じゃあちょっと待ってて?」
「うん……?」
 そこを離れる彼の背中を見つめていると、テーブルに着いている涼の家族が一斉に言った。

「栞ちゃん、目閉じて」





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