片恋 番外編 栞視点

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ネクタイ(2)




「ちょっと栞、どうしたの?」
 お箸を持ちながら目に涙を浮かべていた私に、愛美と絵梨が気付いた。

「……」
 黙り込む私を見て、二人は顔を見合わせて言った。
「場所変えようか。ほら栞、お弁当持って!」
 皆で食べかけのお弁当を持ち、ちょっと寒いけど売店の傍にいくつか並んでるベンチに移動して三人で座る。私が真ん中、愛美と絵梨は私の両側。
「ごめん、ありがと」
「いいけど、どうしたの? 吉田くん?」
「……うん」

 二人に今さっきあったことを話した。もう涼とは何ともないのに、元カノにやきもち妬いてしまったこと。急に不安になったり、自分に自信が持てなくなる時がある事、正直に話した。

「あー、まあ、吉田くんが相手じゃねえ……」
「気持ちはわかるけど、でもこればっかりは吉田くんの彼女になったら仕方の無いことだもんね」
 二人が複雑な表情をした。
「キリがないのはわかってる。涼だって、上田さんとか元カノと特に仲良くしてるわけでもないし、他の女の子と一緒にいるわけでもないし……」
「だよね? 前はあんなに女の子達と一緒にいたのに、栞のこと好きになってからでしょ? 彼女も作らない、女の子ともいない。付き合ってからだって、栞にベタぼれなんだから気にすることないよ」
 愛美はサンドイッチを手にして言った。
「べ、ベタ……って、すごい言葉使うね」
 急に恥ずかしくなって、紅茶を持つ手に力が入る。
「そうだよ。お昼とか栞の事誘うのこっちが悪いくらいだもん。吉田くん本当は毎日栞と一緒に食べたいんだよ、絶対」
 絵梨もお弁当のプチトマトを口に運びながら、ねーって私の目の前で愛美と顔を見合わせた。
「そうそう、たまに吉田くん可愛そうになるよね」
「可愛そう?」
 何が? 何で可愛そうなの?

「栞ってさ、まあ、あたし達はよくわかってるけど、素直じゃないというか、さっぱりしてるというか、冷静というか。で、その割りに天然というか鈍いというか……」
「ちょっと、ひどいよ」
 私の不機嫌な声に、愛美が胸元のネクタイを指差した。
「だって、そのネクタイだってもっと喜んで自慢すればいいのに、何でそんなに落ち着いてるの?」
「栞、そのネクタイどういう事かわかってないでしょ? 吉田くん、ネクタイ交換もしたこと無いって聞いた事ない?」
 絵梨が私の顔を覗きこむ。
「さっき……上田さんから聞いた」
 自分で言っておいて、胸がチクリとする。私の溜息に、愛美が反応した。
「そうやってヤキモチ妬いたこと素直に言えばいいんだよ、吉田くんに」
「言えない」
「どうして?」
「嫌われるかもしれない。しつこくしたり、ヤキモチ妬いたりしたら涼に嫌がられるって聞いた事あるの」
「……多分それ、栞に限ってはないよ」
「何で?」
「わからないなら自分で聞いてみたら? 直接吉田くんに」
 また二人の意地悪が始まった。にっこり笑って済ました顔をしてる。……意地悪だけどいつも当たってるんだよね、二人の言葉は。自信、持ってもいいのかな。

「ヤキモチ妬いちゃったの、とか何とか栞が言ったら嫌がるどころか喜ぶと思うけどなあ」
 愛美が可笑しそうに笑った。
「ネクタイもそうだけど、しょっちゅう吉田くんからメール来たり誘われたりしてるのに、栞ってばいつも何でもないって顔してるもんね。あれじゃ栞が吉田くんを好きだっていう気持ち、伝わりづらいよ。それにまだキスすらしてないんでしょ? あんなに吉田くん必死なんだから、栞からちょっとでもしてあげたら?」
 絵梨も隣で溜息を吐く。
「したよ、さっき。おでこだけど」
「……」
 私の言葉に二人が固まった。
「ええ――っ!!」
 膝から落としそうになったお弁当箱を押さえながら、絵梨が私の腕を掴む。
「ちょ、ちょっとあんた学校で何やってんの! しかもまたそんな冷静に」
「今、キスしろって言ったくせに」
「そ、そうだけどね、まさか栞がほんとにするとは思わなかったから」
 絵梨は焦った顔で、一人頷いている。
「それにしても何で? 何でそういう展開に?」
 愛美も興奮して、反対側の腕を掴んできた。い、痛いよ二人とも。
「多分だけど、涼もしてきたからお返しで」
「多分って何よ?!」
 今度は二人同時に両側から大きい声で言って来た。ちょっと恥ずかしかったけど、ネクタイ交換の時のことを話したら、何故か二人まで赤くなっている。
「ごめん……聞いてて恥ずかしくなってきた。あんた達中学生じゃないんだからさ、ほんと」
「吉田くんてそういうキャラなの? イメージと全然違うんだけど」
 私もやっとお弁当を食べ終わり、さっき買ったあったかい紅茶をようやく口に付ける。

「……栞の事、よっぽど大事なんだね」
 愛美がさっきとは違う、優しい顔で言った。
 大事に……してくれてると思う。涼はいつも優しくて、私の事を気にかけてくれる。だからこんなこと、贅沢な悩みなんだ。
「栞、ちゃんと言わないと伝わらないんだよ? 誤解を生むこともあるんだし、ね?」
 絵梨も横で頷いている。
「うん」
「自信持ちなよ。吉田くん、大事にしてくれてるんだから」
「……ありがと」

「今日は吉田くんと帰れば? あたしが委員会代わりに出るから」
 絵梨が片付けたお弁当箱の袋を片手に持ち、立ち上がった。
「い、いいよ」
「いいから。あたしが出れないときは代わって?」
「うん。じゃあ、そうする」
 二人に聞いてもらって、少しすっきりしたみたい。
 涼に一緒に帰ろうって言ってみよう。よく考えたら、私の方からはあんまり言ったことが無いかもしれない。誘っても大丈夫かな。

 教室に入り席に戻ると、隣の席で涼は座って私を見ていた。
「どこ行ってたの?」
「売店のところ。あったかいの飲みたかったから」
「そっか」
 涼が頬杖ついて私の顔を見つめながら、少しだけ笑ってる。後ろから柔らかい陽があたって、髪が綺麗。
 涼、やっぱりカッコいいよね……。今さらだけど、どうして私を選んでくれたんだろう。いけないいけない、愛美達に言われた通り、自信持たないと。

「あの、涼」
「……なに?」
「今日ね」
「うん」
 一緒に帰ろうって言うだけなんだけど、妙に照れくさい。涼の前髪と額が目に入った途端に、急にまた顔が赤くなってきた。
「何でもないの。ごめん」
「?」

 授業が始まったらノートに書こう。今日一緒に帰りたいって。そしたら、帰り道で涼に聞くんだ。

 私のおでこにキスした? って。




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