片恋 番外編 元カノ視点

伝説更新



「涼、きた!」
「涼じゃん」

 文化祭の当日、あたし達4組がやっているカフェに一人の男子が入って来た。
 彼の名前は吉田 涼。一応あたしの元カレ。元カレったって、あいつにとっては何人目って感じだから、大したことじゃないんだけど。

 最近、涼に彼女が出来たという噂を聞いた。美緒と別れてから半年。涼が女の子達の告白を断り続けていたのは知ってる。最初は美緒に未練があるのかと思ってたけど、美緒の話じゃ全く違うし、何かおかしいとは思っていた。

「あたし、オーダー取って来る」
 聞いてやろう。大体なんでこんなとこ一人で来てんのよ。窓際に座る涼の机に行き、声をかけた。
「いらっしゃいませ」
 顔を上げた涼は、あからさまにヤバイって顔をした。あたしがこのクラスってこともわかってなかったんだ、その顔。
「待ち合わせ?」
「……うん」
「彼女と?」
「……そう」
 ここに来るんだ! やった、見れる! 半年ぶりの涼の彼女。一体どんな子なんだろう。

 一年の2月、彼女と別れたばかりの涼に何度も私から告って、バレンタインもチョコ攻めして涼と付き合うことになった。その時の涼の台詞。
「俺と付き合っても、別に楽しくも何ともないと思うけど、それでもいいならいいよ」
「……」
 ちょこっとだけ口の端を上げて、私のことなんてこれっぽっちも好きじゃないと言われているようだった。……それでも涼と付き合えるんならいいって、思った私が馬鹿だったんだよね。

 とにかく、私本当に涼の彼女だったんだろうか? っていうくらい未だに実感がない。
 放っておけば全く連絡は来ない。学校でも、私が言わなければ会いにも来ない。当日メールをして帰ろうと誘って、私が待っていれば一緒に帰ってくれるけど、涼の方が早い時は待っていてはくれない。
 でも、「何で待っててくれなかったの」なんて言えない。「じゃあ別れよ」って言われるの、目に見えてるから。しつこくするのも駄目、って他の女の子から聞いた事あったし。

 今思えばなんて奴と付き合ってたんだろう。それでも一緒にいれば優しいこと言ってくれたり、さりげなく手を繋いでくれたり、寄り添ってもくれる。
 あたしと付き合っている間は、他の女の子と帰ることも無かったし、どこかへ出かけることもなかった。一応二股はしていない。一応、ね。いつも女の子に囲まれてたけど。彼女いるくせに、告白されまくって、プレゼントももらいまくってたけど。

 普段何考えてるかよくわかんないし、掴みどころもなくて冷たく感じることもあるのに、何と言うか涼って独特の魅力があって、どうしても自分からは離れられなかった。
 冷めてるのに、優しい何とも言えないあの表情。本人は全く自覚無いんだろうけど、あたしだけじゃない、すぐ傍でそんな顔されたら、何もしてくれなくても誰だってそれだけで満足してしまう。

 それは涼と別れてから、他の元カノと話をしてみてよくわかったことだった。皆あたしと一緒。何故か涼から離れられない。どうしても手放したくなくて、皆一度は別れたくないって涼に泣き付いてたし。
 あたしの後に、涼と付き合った美緒。あたしも美緒も涼とは2ヶ月も付き合っていない。なのに、二人とも涼の中では4ヶ月くらい付き合ってたことになっているらしい。何それ。ほんと、あたしらのことはどうでもいいんだね。

 その涼が……文化祭当日、あたしたちのクラスのカフェで彼女が来るのを何と、30分も待っていた。しかも後輩達に写メすら撮らせない。その姿を見て、あたし以外の女の子達も茫然としていた。
 涼の方が夢中になってるって噂、もしかしてほんとなの? 嘘でしょ? 涼が? そう思った時、一人の女の子が教室へ入ってきて、涼の傍に来た。確か、鈴鹿さんだったっけ、あんまりよく知らない。まさか彼女が?

 いきなり、がたーん! と椅子が倒れた。その音に皆が振り向く。
 ちょっと涼、何してんのよ。慌てて立ち上がって彼女を見た涼の顔は真っ赤。両肩が上がって、何それ小学生の気をつけじゃないんだからさ。
「遅くなってごめんね」
「ぜ、全っ然!!」
 首をぶんぶん横に振った後、彼女が涼って言った途端にやけてるし。 しかも大好きって何よ。好きなんて単語、あんたの口から聞いた事無かったけど。ああ、パンが好きとは聞いたけどね。怖い、正直怖いわ、あたし。あれ違う人でしょ?
 涼はその後も嬉しそうに彼女の顔を見つめたまま、二人で教室を去っていった。
「……なんか、怖いもの見たよ」
「あたしも」
 あたしもそこにいた友達も、何故かみんなぐったりと疲れてしまった。


 そして冬休みを過ぎた頃、涼が彼女と別れるんじゃないかって噂が流れた。
 また? 鈴鹿さんのこと、あんなに好きそうだったのに、また飽きたんだ。それともやっぱり面倒くさいことがあったんだ。彼女も可愛そうに。あたし達の仲間入りか……。

 でもその噂も、放課後目の前に来た二人を見て吹っ飛んだ。

「好きだよ」
 はいい?! 今の涼の声だよね? 昇降口の段差に座っていたあたしと、その周りにいた一年生達も、いきなりおしゃべりをやめてそっちを向いた。

 鈴鹿さんと二人、廊下を歩きながらこちらへ向かってきた涼は、彼女に近付いて、大好きだからとか何とか言ってる。あたし耳がおかしくなったわけじゃないよね?
 彼女が驚いて顔を背けると、さらに追いかけて……ちょ、ちょっと何してんの! あんたまさか、こんなとこでキスしてんじゃないでしょうね! って違うか。それにしても何でそんなにくっついてんの!
 どう見ても困ってるのは鈴鹿さんで、しつこいのが涼だった。

 涼は鈴鹿さんのネクタイを触って彼女の耳元で何か言ってる。確かあのネクタイも涼が自分から交換してくれって頼んだっていう……。有り得ない、有り得ないよ。何の伝説更新しようとしてるわけ?  頭痛くなってきた。

 あたしは口を大きく開けたまま、ただただ涼の背中をちょっと離れた所から見ていた。

 と思ったら、鈴鹿さんがとうとう涼から逃げ出した。この光景もすごい。涼から逃げる女の子、貴重だわ。もちろん涼は追いかけてる。
「ごめん、栞。待って! ごめん!」
 ……あーこれ皆に見せてやりたい。ケータイでムービー撮ってやろうか。あたしも傍にいた子達も、頭ではわかっていてもそんな気が起きないほど、茫然と目の前の光景を見ていた。下駄箱はすぐ傍だったから、一部始終が見えるし聞こえる。

「涼、しつこく怒るの嫌いでしょ? だからもう言わない」
 ……よく知ってるね、鈴鹿さん。その通りなんだよ。それを涼に直接なんて言えなかったけど。すると彼女の悲しそうな声を、全て否定するかのような涼の声が聞こえた。
「俺、絶対面倒になんてなんないから。栞が何回怒ってもずっと謝るし、許してくれるまで離さない。絶対に別れたりしない」

 その強い口調に、真剣な声に、ちょっとだけだけど軽くショックを受けた。そう。涼の言う通りあたしたちは面倒くさくなって別れる、の対象だったんだ。それは、あたしと美緒で話したことがある。涼は女の子に本気にならないってこと。だから、ちょっと安心だった。あたしだけじゃなかったんだって。きっとこれからもそうだろうし、だったら恨みっこなしって。

 でも、今回は違うんだね。
 もちろん涼には恋愛感情はもう無い。けど、やっぱりショックだよ。そこまで見せられるとさ。そんな必死な涼、見たこと無い。本気なんだ、彼女の事は。
 わかったでしょ? 好きなら離れたくないってことが。必死に引き止めるってこと。周りなんか気にしていられないんだよ。本当に好きならさ。
 まあ、これでやっと涼も理解できたんならいいや。

 その後も、鈴鹿さんが傘を差そうとしたのを涼が止めて、自分から傘を差して彼女を中に入れた。また伝説更新か。

「あーあ……あたしも帰ろ」
 急に全部馬鹿馬鹿しくなって、溜息を吐いた時だった。
「待った?」
 あたしの顔を覗きこむ、優しい顔。
「遅いよ。もうちょっと早く来ればいいもの見れたのに」
「え、なに?」
「別に。ね、今日一緒に傘入ろうか」
「え! ……ど、どうしたんだよ」
「いいじゃん、一緒に入ろ」
 立ち上がって彼の腕を掴んで、下駄箱に引っ張っていく。

 涼、あたしもあんたに負けないくらい、彼のこと好きなんだからね。今度はこっちが見せ付けてやるから。

 雨の中、あたしが傘を差し出して、隣で照れている彼を中に入れて、駅までの道のりを歩いた。


Copyright 2009 nanoha All rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-