片恋

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8 知らない痛み




「涼先輩、これ皆さんで食べて下さい!」
「わ、私のもどうぞ」
「涼先輩!」
 おー、いつもの事ながらすごい。調理実習でカップケーキを作ったらしい一年生達が廊下に群がり、俺の周りを取り囲んだ。
「ありがとね」
 俺が顔に笑みを浮かべると皆顔を真っ赤にして、顔を横にぶんぶん振る。

 机の上にカップケーキを置き、皆で食べた。
「ちょっとは分けろよな」
 高野が不機嫌な声で言った。
「分けてんだろ」
「ケーキじゃねえっつうの。女の子」
 そう言いながらも、高野はむしゃむしゃケーキを頬張っていた。だったら食うなよ。
「でも俺、今彼女いないし」
 俺が答えると、他の奴らも皆急激に不機嫌になる。
「あ? 作ろうと思えばいつでも出来るだろお前は、殺すぞ」
「んなことないよ。お前らの方が幸せそうじゃん。彼女と」
「あれはあれ、これはこれ。こんな風に騒がれたいし」

 ふと顔を上げると、こちらを見ていた鈴鹿さんと目が合った。
「あ……」
 何故か言い訳したくなる。いやこれ違うんだって。皆がくれるって言うし、でも一人じゃこんなに食べきれないし。いや、皆さんでどうぞって言ってくれた子もいたし。
 目が合った……様な気がしたのは俺だけだった。彼女は俺の後ろにいた、自分の友達に声をかけていた。
「ちょっと行ってくるね」
 彼女は教室から出て行った。何処行くんだろ。もう弁当食べ終わったのか。
「おい、涼お前話聞いてる?」
「やるよこれ」
「あ?」
「全部やる。俺ちょっと……トイレ」

 教室を出て、彼女の背中を探す。いた。多分あれだ。ちょっと遠い。もう廊下を曲がってしまった。階段を上ったのか降りたのかもわからない。
「うーん……こっちだ!」
 俺は階段を駆け上がり、廊下を見渡した。彼女はいない。でもここの階はいろいろな教室がある。ひとつひとつチェックしていった。

 放送室。
 音楽室。
 行く度に呼び止められ、ちょっと時間がかかり焦る。次は図書室。いるとしたら確立は高い。でも、あんまりうろうろするのも不審がられそうだ。
 図書室は静かだった。急に張り詰めた空気が俺を包む。一つ深呼吸し、辺りを見回した。
 本棚の間をひとつひとつ確認する。いない。本棚の所にはいなかった。次は机だ。本棚から急に視界が開けた。皆静かに本を読んだり、勉強している奴もいる。

 ――彼女がいた。椅子に座り本を読んでいた。

「いっ……!」
 突然、急激に心臓に痛みが走った。
 痛い痛い痛い! 心臓が、やばいこれマジでやばいって! 何だよこれ、病気か? 息も苦しい。
 ワイシャツの胸を押さえるといくらか楽になった気がして、彼女に向かって歩こうとした時だった。
 急に後ろから引っ張られた。振り向くと、女の子が二人にっこり笑って立っている。えーと誰だっけ?
「涼、勉強? 珍しいね、図書室にいるの」
 ひそひそと小さな声で近寄ってくる。
「わからないとこ、教えて欲しいな」
「私も」
「え、ああ、ちょっと今無理なんだよ。ごめん、今度ね」
「ねえねえ、じゃあ一緒に座ろうよ」
「そうしようよ、ね」
「いや、あのちょっと……」

 振り向くと、もう彼女はいなかった。マジかよ? いつの間に……。きょろきょろ見回すと、いた。図書委員の所に本を返していた。
「ちょっ、ごめん」
 俺がその場所に辿り着いた時には、彼女はもう図書室を出ていた。
「あの、今の人何返したかわかる?」
 ストーカーか俺は。
「えっ、あ……涼先輩!」
「ごめん、ちょっと見せて」
「は、はい、どうぞ!」
 ここの図書室は未だ、手書きのカードで貸し借りするものが半数以上ある。後の半分はバーコード入力だ。彼女が借りたという本の後ろを見ると、手書きのカードに名前が書かれていた。

――鈴鹿 栞

「……!!」
「先輩? どうかしたんですか」
「……いや、何も。ありがとね」
 本を返し、廊下へ出る。やばいマジで病気かもしれない。胸を押さえる。シャツのボタンを一つ外し、中を見た。別に何の変哲もない。ぶつけたわけでもないし……。
 今日は早く家に帰ろう。まだ痛むようだったらネットで調べるか。バイトもないし。


 俺は彼女の借りた本の題名を復唱し、今度借りてみようと心に決めた。




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