片恋

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26 近すぎる距離(1)




 あれから三日が過ぎた。

 三年に絡まれた次の日には、切れた口の端と、その周りに痣が出来てたからすぐに高野に突っ込まれた。で、何ですぐ呼ばねーんだよ! と残念そうに言われた。原からも。こいつらそういうの大好きだからな。今度そういう目に合ったら全部お前らに任せて、俺はさっさと帰るよ。

 あの時、彼女をほんの少し自分に引き寄せてしまったこと……さらに自分の気持ちが彼女に向かってしまったようで、少しだけ後悔してる。
 なんて事を考えてたら、今日最悪なこと、いや、ちょっと前の俺だったら最高に嬉しい筈だった出来事が起きた。

 席替えで、彼女の隣になってしまった。

 か、神様あああ! 何で、何でこのタイミング?! 好きだって伝えて振られようとした途端にこれかよ。完全に言いにくくなってしまった。完全に。

 俺が席に移動すると、後から栞ちゃんが来た。目が合い、少しだけ微笑む彼女に、俺も小さく口元に笑みを浮かべることしか出来なかった。
 彼女は何とも思ってないのかな。この前の、事。あの後助けてくれてありがとうというメールをもらったけど、俺が彼女に触れた事に関しては一切何も言われなかった。やっぱし、俺の事何とも思ってない証拠か。わかりきってるけど軽く落ち込む。

 それにしてもこれはヤバイ、ほんとにヤバイぞ。俺学校から生きて帰れないかもしれない。
 だって、いちいち心臓が……彼女の仕草からちょっとした声から何から、全部こんなに傍で感じてしまう事が出来て、もう俺一日もたないよ。
 この前の席替えで、彼女の傍になれなくていじけてたけど、それ撤回。少し離れた所から彼女を見ていた方が、俺には合ってたんだ。もう告白とか、無理だろこれ。相沢の席が遠いのだけが救いだよ。

 カタンと音がした。栞ちゃんのシャーペンが落ちてこちらへ転がった音だった。拾おうとかがんで手を伸ばすと、同時に彼女の顔が目の前に現れた。
「あ、」
 ちょ、ちょっと、近いって。この前と同じ香りがした。
「……はい」
「ありがと」
 慌てて顔を逸らし、ペンを渡す。あ、シャーペンか。定規だったか? もう何だかよくわからない。慌ててたからなのか何なのか、その後すぐに今度は俺が消しゴムを落としてしまった。
「あ……」
 また二人で同時に手を伸ばす。ふ、と彼女が笑って消しゴムを拾って俺の手の上に乗せてくれた。
 ……その笑顔が胸に突き刺さった。
 拾ってもらった消しゴムを握り締めて、授業中なのに泣きそうになってしまった。何でこんなに、彼女を好きになっちゃったんだろ、俺。
 なるべく栞ちゃんを見ないよう頬杖をつき、窓の外に目を向ける。校庭の桜の葉が紅く色づき、葉を落とし始めていた。
 駄目だ駄目だ駄目だ。こんなこと続けてたら、俺本当に駄目になる。諦めようと思ってたのに。好きだってそれだけ言って、彼女から離れようと思ってたのに。もう辛すぎて、どうしたらいいかわからない。

 席、替えてもらおうか。誰かと。
 でもここ窓際の一番後ろだし、視力が悪い奴は嫌だよな。かと言って、俺は目がいい。みんなそんなこと知ってるし。栞ちゃんはどうだろう。ちらりと彼女を見ると目が合った。
「?」
「……あ、あのさ、視力いくつ?」
「え? 2.0だよ。なんで?」
「そっか。ごめん、何でもない」
 栞ちゃん、俺とお揃いだよ。意外にすごい目いいんだな。……駄目だ。何かないか、何か。席を替えてもらう理由。
 そんな事をあれこれ考えてたら、授業も終わり休み時間になってしまった。
「涼、ちょっと」
 高野登場。来ると思ってたよ。で、原もいるんだろ。三人で屋上の手前の踊り場に向かった。

「良かったじゃん、涼」
 高野が俺の肩を叩く。
「……良くねえよ」
 俺の返事に、高野が不貞腐れた顔でこっちを睨んだ。
「んだよ、俺と原で裏工作してやったのに」
 ……マジでか、お前マジで言ってんのか!
「お、お前、ふざけんなよ……! 俺100パー振られるってこの前から言ってんだろうが!」
 俺は思わず、わなわなと高野に詰め寄った。
「だからだよ。いい思い出作っとけって」
「はあああ?!」
 殴ってやろうか、こいつは!
「あのさ、まだ振られるって決まったわけじゃないんだから」
 原が妙に落ち着いた静かな声で言った。
「何が切っ掛けで、気持ちが変わるかわからないと思うよ」
「……」
 二人が悪気があってこんな事したんじゃないのはわかってる。けど今の俺には耐えられない。

「とにかく俺は、もう期待しないことにしてるんだから、これ以上余計な事しないでくれよ」
「もうしない。なーんもしない。だから涼」
 急に高野が真剣な声で俺の名を呼んだ。
「自分でどうするか決めろよ」
「……」
「鈴鹿さんにどうしたいのか、自分で決めろ」
「……わかってるよ」
「逃げんなよ、彼女から」
「……!」
「席替えてもらおうとか、思ってないよな?」
 鋭いな、こいつは。……そうだよ、お前の言う通り逃げまくってたよ。彼女から目逸らして、何も言えなくなって、ついさっきまでウジウジしてたんだよ。
「……逃げない」
 高野じゃない、自分に言い聞かせてみた。
「好きだって言うんだろ? いつ言うんだよ」
「高野」
 高野に原がたしなめるように声を掛けたけど、俺はそれを遮り高野に向き合った。

 はっきり言って、しっかり振られて来よう。そうしたらもうこんなに苦しい思いから解放されるかもしれない。前から決めてたんだ。いつ言ったって同じだ。だったら早い方がいい。一日でも、一時間でも。


「今日……言ってくる」




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