片恋

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14 金魚




 なんか、張り切ってないか俺。
 一番に到着してしまった……。かっこわる!
 でも、でももし鈴鹿さんが早くここに着いていたら、一番に見たかったんだ、私服姿を。もしかしたら浴衣かもしんないし。やべ、想像しただけで倒れそうなんだけど。

 普段でも人が多い駅なのに、花火大会がある今日はさらにすごい人出だった。

 改札を見ても、彼女らしき人は見なかった。ちょっと早すぎたか。次の電車か? それにも乗ってなかった。まだか。メールは……ない。その次の電車にも乗ってなかったようだった。

「あの〜」
 声を掛けられ勢いよくそちらを振り向くが、彼女じゃなかった。
「?」
 誰だっけ、これ。女の子二人居るけど。高野が呼んだのか?
「あの〜、もし一人だったら私達と一緒に花火行きませんか?」
 二人ともすごい笑顔だ。
「いや、待ち合わせしてるんで」
「でも来ないみたいですよね?」
「彼女ですかあ?」
 何だよその声は。何で知らない男にそういう声出せるんだ。気持ち悪いな。
「そう、彼女と待ち合わせてるから。すっごい可愛い彼女と」
 俺は愛想のカケラも無く答えてやった。

「吉田くん!」
 後ろから声を掛けられて心臓が跳ね上がる。この声は……振り返ると鈴鹿さんが居た。浴衣を着て。
「あ……」
 か、か、可愛いいい! 髪の毛上げてるよ、どうしよう、マジで鼻血出てないか俺。彼女が引いてないってことは、まだ大丈夫だな。さ、誘って良かった。俺、偉い!

「彼女ですかあ?」
「ふうん」
 わっ、まだいたのかお前ら。
「そう。だからあっちいって」
 俺はまたしても冷たく言い放ってやった。しぶしぶどっかへ行く二人。

「吉田くん、かっこいいね! 浴衣姿」
 え、えええ?! 俺今度こそ鼻血出なかったか? 思わず手の甲で鼻を押さえる。う、嬉しい! 母ちゃんに無理やり着せられたんだけど。やっぱ着てきて良かった。ああ、今顔真っ赤かもしれない俺。
「あ、そうかな。ありがと。あの……」
「?」
 彼女は小首をかしげて俺を見た。駄目だ、何だそのポーズは。俺を殺す気か。
「に、似合ってるね、鈴鹿さんも」
「ほんとに? ありがと」
「か……」
「ん?」
「可愛い、」
「え」
「涼! あー浴衣着てる! かっこいい!」
「ほんとだー!」
「あ、鈴鹿さんだー」
 あ、やべ。もう来ちまったよ、こいつら。あーあ、せっかくいい雰囲気だったのに。可愛いって言ったの彼女に聞こえたかな。

 それにしても皆浴衣着てるけどさ、一体何が違うんだ? もう彼女だけ別のもの着てるんじゃ? っていうくらい何百倍も何千倍も可愛く見える。他の女の子に声を掛けられても、彼女の方ばかり視線がいってしまい困った。
 せっかく彼女に会えたというのに、次々皆が現れた。当たり前なんだけど。そしてあいつも。相沢あいつも浴衣着てやがる。妙にライバル意識を燃やして後ろから念を送る。何張り切ってんだコラ! 絶対彼女に近付くんじゃねえぞ! 高野も他の男共も半分は、甚平だの浴衣だの着ていた。

 って、俺が彼女に全く近づけない状態になってしまった。とにかく女の子達が俺の傍から離れない。参った。何だよ、男の浴衣ってそんなにいいのか。
 鈴鹿さんは自分の友達と歩いていた。その前を相沢達が歩いてる。相沢の周りも三、四人女と男がいた。彼女はその中には入り込まない。当然といえば……当然か。

 花火を見る場所の傍に、縁日みたいに出店がたくさん出てた。そこから少し離れた場所に皆で陣取り、それぞれ好きなとこに行く。
 俺は金魚すくいを始めた。自慢じゃないけど、得意なんだよ。
 俺ってば、実は料理も出来るし、頭もいいし、もちろん顔もいいし、スポーツ万能でさ、悪いとこないじゃないか、はっはっは……はあ、空しい。

 大きなプラスチックの箱の中の金魚達は水の中をすいすいと泳ぎ、綺麗な朱色が裸電球に照らされて、さらにその色を輝かせていた。

「おっ、すげー! 涼おまえ何なんだよ」
「涼、すごいねー! 金魚欲しい!」
「おじちゃん、皆に分けてやって」
 俺はすくった金魚を小分けにしてもらった。
「一個ちょうだい」
 俺も一つ受け取る。女の子達は目の前の金魚に夢中だ。
 すかさず彼女を探す。たしか友達とあっちにいたはずだ。空いていたあんず飴屋であんず飴もひとつ買う。急いで向かった。
 居た! 友達といたけど、花火を見てるのか、話はしていないみたいだ。 よし、さり気無く金魚を渡すんだ。いけ、吉田涼。

 ……けど、俺の足はそれ以上そこから動けなかった。

 彼女は花火じゃない、あいつを見てた。少しだけ離れた所で他の奴らと花火を見ていた相沢を。
 綺麗な横顔だった。彼女の横顔が、好きだ。花火が上がると彼女の顔に影が出来る。教室で前に見た、あいつを見つめる顔とも違った。
 あんな顔、するんだな。

 あの小さな肩を抱き締めたい。それで好きだって伝えたい。けど……駄目なんだ。俺の中が今彼女で一杯なように、今彼女の中は、あいつで一杯なんだ。だから触れちゃいけない。見てるだけで我慢しなきゃ駄目なんだ。

 俺は一旦俯いて、唇を噛み締めてからもう一度顔を上げて彼女に近付いた。手で触れる代わりに、金魚が入ったビニール袋を後ろからそっと彼女の頬に当てた。

「きゃっ!」
 彼女は驚いて俺の顔と金魚を交互に見る。
「びっくりした?」
「あ、金魚?!」
「あげる」
「え、ほんと? ありがとう」
 さっきまでの表情はどこかに行ってしまい、嬉しそうに彼女は笑った。それもちょっと……寂しかった。
 金魚を渡す時に少しだけ指が触れた。慌てて引っ込めて、代わりにあんず飴を差し出す。
「あと、これも。食べる?」
 しつこいかな。
「いいの? 吉田くんの分は?」
「俺は、また買うし。いいよ」

 彼女がもう一度手を伸ばしてきた。俺よりも小さい手、細い指。さっきよりもやけにドキドキする。目を逸らしてしまった。は、恥ずかしい。

「ありがとう……いつも」
「……え?」
 いつも? 何だろう、いつもって。
「金魚鉢、買おうかなあ」
「いいね。夏らしくて」
「餌も買わなきゃ。楽しみ」
「栞ちゃん」
「……え?」
「って呼んでも……いい?」

 少しの間がある。やっちゃったか、俺。
 でも呼びたくなった。何だか。目の前で笑ってる彼女にもっともっと近付きたい。あいつよりももっと。

「もちろん、いいよ」
 顔を上げ俺に向けた笑顔に、いいって言ってくれた声に、どうしてだか涙が出そうになった。どうしたんだろ、俺。嬉しかったのに……胸が、痛い。

 ドンと腹に響く音が鳴って、ぱっと彼女の顔が花火に照らされ輝いた。花火を見る振りをして、彼女から視線を逸らし顔を上げる。


 海から吹く潮風が、夏の匂いを乗せて頬を掠めていった。




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