カルボナーラとフレンチトースト    番外編

(7)フォークに乗せた幸せ




 丘の上の公園から二人で傘に入って歩き、レトロな洋館の前に着いた。

「甘いの食べたくない?」
「食べたいです。私、ここに入るの初めて……!」
「俺も。楽しみだね」

 中に入ると、ティールームにはアンティークの家具がたくさん置かれていて、いい雰囲気。
 ちょこっと化粧室へ行かせてもらい、お化粧を直す。それほど崩れてなくて良かった。ホッと胸を撫で下ろした後、急激に嬉しい気持ちが湧き上がってきて、鏡に映った自分を見つめると勝手に笑いが零れてる。でも嬉しすぎてまた涙が出てきた。ダメダメ、せっかく直したお化粧が崩れちゃう。

 席に戻り、メニューを決めていると店員さんが来た。
「お決まりですか?」
「えーと、これ」
「これで」
 やっぱり同じものを指差して、二人で顔を見合わせる。
「あ、忘れてた俺」
「私も」
「じゃあ、こっちで。優菜ちゃんはそのままでいいよ」
「はい。じゃあ私はこれで」
「かしこまりました」
 去っていく店員さんの背中を見つめていると、彼が言った。
「少し、ちょうだい? あげるから」
「もちろんです。でもいいんですか? 皆川さん、こっちが良かったんじゃ……」
「全然いいよ」
 返事をした彼が、急に私から目を逸らした。

「あのさ、できればお願いしたいことがあるんだけど」
「何ですか?」
 やっぱりケーキ交換したいのかな。
「二人でいる時は変えてもらっていい?」
「?」
「……名前。苗字じゃなくて、お願いしたいんだけど」
「え……!」
「……無理?」
 片肘をテーブルに着き手の甲を頬にあてて、チラリと私の顔を眼鏡の奥から上目遣いで見る彼の顔は、好きって言ってくれた時みたいに少し赤くなっている。その表情に胸がキュンとなって、思わず手にしていたお水のグラスを落としそうになってしまった。ちょ、ちょっと落ち着いて優菜。
「知ってる? 俺の名前」
「知ってます! 知ってます……すごく知ってます。あの、今ですか?」
 ……すごく知ってるって何よ。もう日本語がおかしいってば。
「うん、今がいい」
「……」
 恥ずかしいけど、でも彼のその言葉に勝てない。ひとつ深呼吸して心を決めて、口を開いた。
「……しょ」
「うん」
「しょ、しょうい」
「お待たせしました」
 うわ! び、びっくりした……! どうしよう、恥ずかしくてなかなか言えないよ。店員さんが来たから、タイミングも完全に外れちゃったし。

「……」
 運ばれて来た目の前にある綺麗な色のケーキを見つめる。そうだ、これをやってみたら言えるかもしれない。でも大丈夫かな。嫌がられないよね?
 可愛いケーキを少しだけ切り取り、フォークに乗せて彼の顔の前に差し出した。
「……どうぞ」
 彼は一瞬驚いたけど、そのまま口を開けてケーキを食べてくれた。よし、これなら言える。今よ、優菜、今!

「彰一さん、美味しい?」
「……うん、美味しい。ありがとう優菜ちゃん」

 彼は本当に嬉しそうに私を見た。彼からも同じ様にケーキをもらい、二人で照れながら笑った。
 こんなに幸せでいいの? ケーキを食べながら何度も彼に視線がいってしまって、もう味なんて全然わかんない。

 外へ出ると雨は止んでいて、少しだけひんやりした空気が気持ちいい。
 彰一さんはそっと私の手を取り、歩き出した。初めて繋ぐ手はあったかくて優しくて、何だかくすぐったい。
 私、彰一さんの彼女になったんだ……。そう思う度に、初めて送ってもらった時よりも、もっともっと叫び出してしまいそうになる。スキップだって幅跳びだって、絶対今なら何でもできる! でもさすがにそれは我慢して、代わりに彼の手をぎゅっと握った。
「ん?」
 振り向いた彼が、私の顔を目を細めて見つめる。
「ううん、何でもないです」
 私が俯くと、彼も私の手を強く握り返してくれた。


 今度は晴れてる時に来ようねって約束をして、ずっと手を繋いだまま、なだらかな丘を海の方へ下りて行った。











 〜完〜





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