カルボナーラとフレンチトースト

(3)茹で時間と大さじ4杯



「このお茶、美味しいね」
 彰一さんは私が入れた緑茶を飲んで言った。
「ほんとに?」
「うん。会社でもいつも思ってたけど、淹れ方が上手なのかな」
「え、へへ」
 照れちゃうな。料理は全然できないけど、お茶だけは上手に淹れられる自信があるんだ。
「このお茶、静岡にいるおばあちゃんが送ってくれたの」
「おばあちゃん静岡なんだ。俺も親戚がいるよ」
「そうなの? 何市?」
 その後しばらくそんな話が続いた。彰一さんは私の話をうんうんって聞いてくれる。聞き上手で、優しくて、本当私にはもったいないよ。

 不思議と会話が途切れなくて、楽しくてあっという間に時間が経ってしまった。
「……あの、ご飯食べる?」
「うん。いつでもいいよ? でも楽しみにして来たから、実は俺かなり腹減ってるんだ」
 彰一さんが笑った。
「じゃあ準備するから、待っててね」
「うん」
 よ、よーし。大丈夫、大丈夫。もう準備バッチリなんだから、緊張しない。立ち上がり、キッチンへ行こうとすると彼が言った。
「ねえ、優菜ちゃん」
「は、はい?」
「これ、やっててもいい?」
 彼は目の前にあったゲーム機を指差した。
「もちろん! 電源とかわかる?」
「わかるから大丈夫」
 用意しておいて良かった。

 キッチンに行き、エプロンを締めて気合を入れる。
 まずは……お湯よね。パスタを茹でるお湯。分量は2リットル。大きいペットボトル一本分。だいたいこんなもんかな。お鍋に水を入れる。レシピを見ると、麺は固めにって書いてある。芯が残るくらい、か。っていうことは、袋に書いてある麺の茹で時間よりも、短めがいいってことかな。ゆで時間7分って書いてあるから、4分くらい?

 次はお塩を入れるんだよね。
 それにしても何の為にお塩入れるのかな。塩味かな。レシピには大さじ2杯って書いてあるけど、このお水の量に対してそれは少なすぎない? 4杯くらい入れておこう。沸騰するのを待って、と。

「優菜ちゃん、ごめん。やり方わかんない」
 彼の声が部屋からキッチンに届いた。
「あ、はーい」
 何だか不思議だな。好きな人が私の部屋にいて、私のこと呼んでる。たったそれだけのことなのに、すごく照れくさくて心があったかい。
 部屋に入ると、彰一さんがゲームのリモコンを持って上下にブンブン振っていた。でもちっとも上手くいかない。真剣になってるその姿が可愛くて、思わずクスっと笑ってしまった。
「……笑ったな」
 眉をしかめて画面を見ながら、彼は口を尖らせた。
「ごめんなさい。あのね、こうやるの」
 彼からリモコンを受け取り、やってみせるとちゃんと命中した。
「おっかしいなあ。同じにやってるのに」
 もう一度リモコンを受け取った彼は、確かに同じ様にやってるのに上手く行かない。
「あ、わかった」
「?」
「あのね、彰一さん、このボタン押しながらやるんだよ」
「ん? どれ?」
 リモコンを覗き込む彼の前髪と、私の前髪が少しだけ重なった。そこから何かが流れ込んで来たみたいに、急に私の心臓が騒ぎ出す。
「……ここ」
 そのまま気付かない振りして、彼の持つリモコンを上から一緒に握る。私よりも大きい右手。
「……」
 彰一さんは何も言わない。
「それで、肘を引いてから押す感じで」
「肘を引くの?」
「そう」
 言われた通りにした彼の肘が、私に当たった。
「あ、ごめん!」
 彼の方がビクッとして、一瞬何でそんな風に謝られているのかわからなかった。
「え」
 あ、そ、そうか、私の胸に当たっちゃったんだ。
「全然! あの……ほら、で、できてるよ!」
「ほんとだ」
「じゃあ、ごはん作ってくる」
「ありがと」

 キッチンに駆け込んで、胸に手を当てる。
 ちょっと動揺しすぎだよ私。む、胸くらい何よ。大人の女はね、自分からこすり付けるくらいじゃなきゃダメなんだから! ……さすがにそんな事できないけど。

 あ、お鍋沸騰してる。

 私はキッチンタイマーを4分後に鳴るようセットし、二人分の麺をグラグラと湧いたお鍋の中にパラパラと入れた。


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