お店を少し早く閉めたあと、三人で事務所に集まった。店長が淹れてくれたカフェオレがテーブルの上で湯気を立てている。私はパソコンの前に座った。

「このお店なんですけど」
 検索して出したサイトを二人に見せる。半年前に閉店してしまった都内のカフェは、ホームページだけ当時のまま残っていた。
 インテリアが素敵で、画像には使い込まれた古家具が映っている。
「このお店に置いてあるテーブルと椅子、似てませんか? 椅子カフェ堂と」
 店長と職人さんが私の両側に立ち、パソコンを覗き込んだ。店長が右側、職人さんが左側。
「ここ何? カフェ?」
「ギャラリーなんですけど、その一部に併設されたカフェです」
「店舗、無くなってるじゃん。潰れたのかよ?」
 職人さんが私からマウスを奪って、ページを凝視した。
「どうして閉めたのかはわからないんですけど、今はお花屋さんになっているそうです。内装が素敵なのでそのまま使ってるみたい」
 へえ、と頷いた職人さんからマウスを返してもらう。
「椅子カフェ堂は無骨でシンプルな感じが似合うと思うんです。男の人が主体のお店だし、家具もそんなイメージだし」
「無骨はカッコいい感じするけど、それでシンプルってイメージ湧かないな。具体的にどんなの?」
 店長は立ったまま、自分のカフェオレを口にした。
「色味はこの白い壁と、家具の木肌の色で十分です。使うとしたら、黒をアクセントに少しだけ」
「黒?」
「例えば……電灯の笠だけを黒にするとか、カウンター席の端に一個だけ黒いピッチャーを置いて花を飾るとか」
「造花じゃ駄目なん?」
「絶対駄目。小さくても少なくてもいいから、生花の方がいいです」
 何か私、嫌な奴じゃない? プロの二人に向かって、えらっそうに言っちゃって。でも、これだけは譲れない。
 職人さんは飽きてしまったのか、隣の椅子に座って大あくびをした。それとは対照的に、店長は熱心にふんふんと話を聞いてくれている。
「これ、いいな。カーテン代わりに白いロールスクリーンて。店が終わったら下ろせばいいだけだし。外はどう? 立て看板にメニュー貼るんだっけ?」 
 少しかがんで私に近づいた店長が画面を指差した。
「そうなんですけど、あの立て看板のヘンテコさは、そのままでいて欲しいです」
「ヘンテコ?」
「コーヒーとごはんと椅子あります、っていうの」
「ああ、あれ変だった? 俺たち大真面目だったんだけど」
 やばい。狙ってたわけじゃなかったんだ。速攻頭を下げて謝る。
「ごめんなさい。でもインパクトは十分すぎるくらいありました。そこで立ち止まってもらって、窓から中が見えれば、入ってくる人が増えると思います」
 別に店長は気にしてないふうだったけど、冷や汗掻いた。少し冷めてしまったカフェオレを飲んで気分を落ち着かせる。

「インテリアをシンプルにすれば、料理が和でも、洋でも、イタリアンでも中華でも、日替わりで出して違和感なくいける気がします」
「なるほどね。余計な物がなければ柱も床も目立って、天国のじーさんも喜んでくれるかもな」
「だったら嬉しいです」
 思い出の品がレジだけだったのは驚いたけど。
「その内、ばーさんにここを見てもらうか」
「え? いらっしゃるんですか?」
「じーさんは死んでるけど、ばーさんは生きてるよ」
「すみません、私、てっきり」
 余計な事言ってしまった。
「認知症が進んで施設に入ってるから、戻ってくることは出来ないんだけどね」
 二人が遺したお店って、そういう意味だったんだ。
「代わりに俺が二階に住んでる」
「もしかして、事務所のお隣のドアは」
「そう。そこから二階に行けるの。今度来る?」
 また気軽にそんなことを、そんな顔して。
「えー……と」
「そんなに警戒しないでよ。冗談だって」
 ぽんぽんと頭を撫でられた。髪が揺れて頬に当たる。冗談なんて、そんなことわかってるけど、いちいちどぎまぎするから、やめて欲しい。こういうのあんまり、なんていうか、慣れてないというか、久しぶりだし。
「ここは元定食屋なんだ。じーさんが死んで誰もやる人いなくなったから、俺が店を引き継いでカフェにしたわけ」
「修行されてたんでしたっけ」
「修行は一年半くらい。その前はサラリーマンしてました」
「え!」
「脱サラってやつだな」
 こんな短期間で信じられない。元々料理の才能があったんだろうか。
「良晴の方はどうなんだよ。あんま聞いたことなかったけど、店で家具売れてんの?」
 スマホを弄ってた職人さんが答える。
「ネットではそこそこ売れてるけど、ホームページ見ても、わざわざ実店舗までは来ないってのが、ほとんどだな」
 椅子カフェ堂のサイトは、カフェがメインのページでその一部に、職人さんが作った家具のページがあった。職人さんが家具のページを更新してるらしいけど、あとはほとんど触ってないみたい。
「リニューアルに向けてホームページも変えるか。地味に見えてきたし」
「もし良ければ、任せてもらえませんか? 私やりたいです」
「できるの? だったら頼むよ。これやたら時間かかるから助かる」
「やってみます」

 そのあと、私がお気に入りのカフェをネットで探して皆で一緒に見た。改めてよく見ると、それぞれ個性的で、印象に残るページばかり。こんなふうに、できるだろうか。
「コーヒーの飲み歩きはしたけど、店構えまでチェックしたことあんまりなかったからなあ。俺ってこういうセンス皆無なんだな」
 店長は椅子に座って、大きな溜息を吐きながら肩を落とした。
「そんなことないです。椅子カフェ堂に、いつも流れてるカフェミュージックのチョイス、すごくセンスがあると思います。あと店長ご自身の髪形とか、着ているものもセンスいいと思います。お二人とも客観的に見て、とてもかっこ良いので……そこを押していけば女の子が来るようになるかもです。ホームページに小さくプロフ画像載せるとか」
 勢いよく顔を上げた店長は、私の顔を見てびっくりしていた。な、何?
「え、そう? そうなの? 俺本気にするよ?」
 えーと……自覚ないのかな、この人たち。
「本気にしてください。モテそうです、すごく。特に店長」
「え」
 赤くなった店長に、私の方が恥ずかしくなってしまう。言われ慣れてそうなのに、この反応は一体。
「おい良晴、聞いた?」
 店長は嬉しそうに、机の上に突っ伏していた職人さんの肩を揺さぶった。
「……特に店長って何だよ、特にって」
 聞いてたのね。寝てたのかと思った。
「拗ねるなって。よーし次はメニューいこうぜ、メニュー」
 店内をシンプルに。そしてそれに合わせて、ごはんメニューもわかりやすく。
 話し合いは店を閉めてから三時間に及んだ。職人さんもメニュー内容には積極的に意見をくれた。

 帰りの電車の中でスマホを取り出し、カレンダーを見た。突然決まったリニューアルまで一か月を切っている。図々しくいろいろと提案してしまったのだから、絶対に成功させたい。
 一か月後の椅子カフェ堂を想像しながら、まだ溢れてくるアイディアを、消えないようにメモし続けた。